SNS、あるいはソーシャルメディアについて

先日、バンコクに行ったときにふとFacebookについてちょこっと書いたら、皆さんご興味があったみたいで、数名(といっても3人)の方から質問メールをいただきました。ざっくりまとめると、私が何を使っていて、どういう風に使い分けていて、どんな良さ(あるいは悪さ)があるか、というような内容でした。聞いてくださってありがとうございます。

それで今日は頑張って答えてみようと思います。まず、これは結構驚かれるんですけど私、多分ほとんどのソーシャルメディアプラットホームにアカウント持ってます。持ってないのはゲームサイトくらいだと思います。それがソーシャルメディアのカテゴリーに入るのであれば、ということですけど。基本的に私は自分のことをゲーム好きだと思い込んでいますが、「好き」と「上手」とは全く別の次元の話で、能力的にはスーパーマリオの1面を越したことがないくらいです。ですから中毒性のあるゲーム、と言われて紹介されてもありがたいことにヘタすぎて全然中毒状態にならないのです。ですからゲームを通じて社交するのはちょっと私には高レベルすぎるわけです。

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本当の国際人とは

2週間連続で専門家会議をやっていたのでかなり開放感のある週末になっています。天気もいいし、観光客もたくさんのローマですが、私は家でのんびり中。というのも昨日は大規模デモの噂があったし、今日の夜からは交通ストがあるという噂なので、こんな時は家でいろいろと懸案事項を片付けるのがいいと思ったから。
それでちょうど日本の家族と時差がぴったり合ったので、昨日は茨城にいる夫、東京の姉、熊本の両親とそれぞれたっぷりSkypeやiChatでお話できました。最近私はつまらないことでちょっとした問題に頭を悩まされていたのですが、本当の解決のために、この「絶対に私の味方になってくれる」タイプの優しい人々(夫、姉、両親)にはなるべく意見を聞かないようにしていたのですが、なんとなく問題が終結の方向に向かってきたので、昨日ついにそれぞれにお話して、いろいろと納得する結論やアドバイスを得ました。私の愛すべき家族のみなさんありがとうね。
それでその問題とは直接関係ないとはいえ、話をしている上でいろいろと考えたのがタイトルの「本当の国際人とは」ということ。国際的な環境、つまり様々な人種、文化、言語、性別、年齢の人々が集まる環境で働くときにいろいろと大事なことを私はこの6年で学んだし、これからももっと学ばなければいけないだろうなと思ったので、節目としてちょっとまじめすぎるかもしれませんが書き留めておこうと思いました。
まず「『常識』というものは存在しない」ということを強く認識しておく必要があると思います。いろいろと考えてみたんですが「完全にユニバーサルなもの」というものがないのです。コミュニケーションにしたって、態度にしたって、仕事のやり方、人とのつきあい方、どんなことを考えても「絶対にこれだけは全人類共通だ」ということがないのです。例を出すと、日本では上司に「それいいね!」という一行だけのメールを送ることは「常識はずれ」かもしれませんが、国際的環境ではあり得るし、決して失礼ではないことかもしれません。日本であまり知らない異性の同僚を下の名前で呼び捨てで呼ぶことは「セクハラ」に近いかもしれませんが、当然、国際的環境ではそれがある意味「常識」になり得ます。イタリア人の同僚は同性でも異性でも、挨拶するときは両ほほにキスしますが、そんなことをアラブ系の異性にしたら「信じられない暴挙」と思われる可能性が高いです。
原則としては、もし私がどこかの国に行ったら、その国の常識、言語、文化を尊重する、日本に誰かを招くなら、日本の常識、言語、文化を説明して分かってもらうようにする、ということで、多分これは「2国間」ということだけを考えるとしごく普通のことなんですが、これが、「国際機関」といういわゆる治外法権的な「何の国にも属さない」ところになると大変難しくなります。どっちの文化、言語、常識を選ぶか、というのはラインを引くのがものすごく大変なのです。
そこで大事なことは、「とにかく何でも理解しようと心がける」ということだと思います。誰かが「私にとって」常識はずれでとんでもない言動をとったとしても、「もしかしたらこれは文化の違い、育ちの違い、言葉の違いかもしれない」とまずは考え、全てを前向きに考えるように努力するということです。これは口で言ったりこうして書いたりするよりはるかに難しいことです。悟りを開いたお坊さんのイメージトレーニングで必死で自分を落ち着けて考えなければならない時だってたくさんあります。人間は(というより「私は」かもしれませんが)「他人を理解する」よりも「自分を理解してほしい」生き物だと思うんです。ですがここはひとつひと呼吸ついて、この世界に「常識」は存在しない、まずは違いを受け入れよう、他人を理解しよう、と考えることができると、本当の国際人に近づけるかなと思います。
次に大事なのはコミュニケーションですが、もちろん、コミュニケーションには言葉と態度とあります。態度は上の「常識はない」というところに共通すると思うのでここでは言葉にしぼりますが、国連では「国連の正式言語」というのが決まっていて、英語、スペイン語、フランス語、アラブ語、中国語、ロシア語の6カ国語です。基本的には英語、スペイン語、フランス語の3つのうちどれかが完璧であり、さらに上の6カ国語のどれかが第2言語として仕事上使える状態でないと国連職員としてつとめるのは難しいとされています。ですが、私が思うに、現状を見る限り、やっぱり英語です。しかも、単に「英語ができればいい」のではないのです。
まず英語が母国語の人も、英語が母国語でない人も、「自分の英語は相手の英語と違う」ということを常に認識する必要があります。イギリス英語、アメリカ英語だけをとっても全然違う表現があるし、イギリスでは悪い言葉を使っても「まぁ気品がない」と眉をひそめられるだけの時がありますが、アメリカでは仕事上悪い言葉を使うと最悪の場合解雇されることがあります。これは言葉を超えた文化の違いです。国際機関ではいろいろです。常に悪い言葉ばっかり使うカナダ人もいます。東アフリカンの人々は英語で公務を行うため英語が堪能ですが、アフリカの英語です。日本人の英語、という種類も存在するのは当然です。基本的な考え方がそれぞれの国の環境、個人の生まれ育った環境、受けた教育の種類によって全く違うわけですから、それが言語に現れるのは当然のことなのです。
まず、英語は上達に上達を心がけることにこしたことはないと思います。私もアメリカに10年近く暮らし、国際機関で働いて6年になりますが、それでもまだ毎日のように英語を磨いていく必要を感じます。そして「私は英語は完璧にできる」というおごりは、国際的環境での摩擦を引き起こしかねないと思います。なぜかというと、国際的環境での仕事は、「理想」の社会とはかけ離れていて、重く厳しい「現実」の社会だからです。
その「現実」とは、英語を母国語とする人もしない人も、全ての人の英語が完璧でない、ということです。ものすごくキツいアクセントが入ってしまう人もたくさんいます(ラテンアメリカ、日本、中国などはそうです)。でもよっぽど全く分からない限り、誰も「あの人アクセントが強くて何を言ってるかわからない」とは言いません。言う人は「自分の、Non-English Speakerの英語を理解する能力がない人」なのです。「分からない人が悪い」のです。「分からなければ何度も聞き返さなければならない」のです。「あなたの英語わからない」と文句を言うのはナンセンスなのです。これは厳しい現実です。
数年前私は日本人のインターンの方を受け付けて、非常に頭脳明晰で英語も上手な日本人だったのですが、その方は「あの人の英語が分からない」「この人のメールのグラマーがめちゃめちゃで意味がわからない」といつも私に言ってきていました。もちろん、その件の外国人の上司はアクセントがきつい人だったので理解するのが難しいのは確かですが、その人が言っていることの「本来の意味」を理解するのはそんなに難しいことではないはずです。分からない時はその場で「それはこれこれこういうこと?」と確認すればいいだけだから。相手の英語のレベルがどうであれ、相手を理解しようという気持ちを持って真摯な態度で対応する必要があるのです。
ですから言語や言葉のコミュニケーションの上での「本当の国際人」とはつまり、英語が苦手な人の英語であっても理解できる、あるいは理解しようとできる人、ということ。国際環境での「英語力」というのは「読み、書き、話し、聞き」よりも「理解」のほうが重視されるということです。相手がパーフェクトな英語ができるようになるまで待っていたら仕事になりませんから。
ですが、やっぱり英語が出来ない人との仕事はかなりストレスがたまります。そういった意味で、少なくとも自分だけは、そういったストレスを相手になるべく与えないようにしようと努力しなければいけない、ということで英語力を毎日磨く必要がある、と上の方に書いたのです。自分ばっかり努力しなければいけなくて不公平に感じるかもしれませんが、そんな方は1930年代の名著、人を動かす(D. カーネギー)を読んでみてください。なぜ自分ばっかり努力することで(そして相手に変化を要求しないことで)いろいろと問題が解決するかが見えてくると思います。実際にはものすごく難しいですけどね。感情のコントロールなど、私を含め不得意な人は(女性には特に、かもしれません)多いかもしれないので。
そして優しくあろう、と常に心がけること。私もついイライラしたり、不平等や理不尽なことにぷんぷんと腹を立てたり、「正義がいつも通る訳ではないのね」と幻滅したりすることがよくありますが、本当にいろいろな状況を経験して、いろいろな人と出会って、理解しようとして、つらいことや楽しいことを経て生きて行くと、残念ながら世界は、世の中は、すべて不平等で理不尽で正義が通りづらいところなのだという現実に気づかされ、それを解決するのは、ただひとりひとりの人間の「目の前にいる人への優しさ」しかないと認識すると思うのです。結局目の前の人、同僚、上司に優しくできないひとが、国際機関の人道的援助という大きな名前のもとに行う「優しい援助」というのができるわけがないのです。
ということで、どんなイヤな人が上司、部下、同僚、友達、知り合いであっても、自分だけはその目の前の人を理解しようと心がけ、優しくしようとすることが出来る、という人が「本当の国際人」ということですね。そんな人世界に何人いるんでしょうか。道のりは険しく遠いですが私も精進します。

達成感というもの

私、イタリアに引っ越してくるまで「達成感」というものがいかにすばらしいストレス解消の鍵になるか、知りませんでした。ちょっと難しく考えてしまうと、とある行動をとることは「〜をしたい」「〜があればいいのに」「〜に行きたい」などの欲求から始まることもあれば「〜をしなければならない」「〜に行かなければ〜ができない」など段階を経た上での欲求から始まることが多いと思うんですね。分かりづらいですね。例を出します。
たとえば、以下のような行動です。
1)Aさんが前に話していた美味しい物が食べたい
2)Aさんにそのことを聞かなきゃ
3)Aさんに連絡をしなきゃ
4)電話をかける
ここで欲求は1)だけになってしまい、そのあとは「〜しなきゃ」という1)をかなえるための「やらなければいけないことリスト」になってしまうわけですね。その「やんなきゃ」という時期が比較的つらいわけですね。このあとに
5)電話でAさんがレストランを教えてくれた
6)翌日に行ってみた
7)Aさんが前に話していた美味しい物が食べれた!
という行動が続いて、1)の欲求を7)で満たすわけです。ここで何がいいたいかというと、私が今頃気づいたのは、この欲求からその欲求を満たすまでの段階が長ければ長いほど、難しければ難しいほど、満たされた時に深い「達成感」というものを得るということが分かったんですね。そんなの当たり前とみなさん思うでしょう。思うでしょう!例えばこういう感じです。
1)一流企業で商品企画の仕事がしたい
2)そのためには勉強していい大学に入らなきゃ
3)ひとまず目の前のテストでいい点数をとらなきゃ
4)苦しい受験勉強
5)苦しい大学入試
6)合格、大学でも良い成績をあげなきゃ
7)商品企画に関する勉強をどんどんしなきゃ
8)学生のうちから目立っておかなきゃ
9)言語も出来るようにならなきゃ
10)他のたくさんの経験を積んでおかなきゃ
11)就職活動がんばらなきゃ
12)苦しい就職活動
13)晴れて就職、でも最初は新入社員、やりたい仕事はさせてもらえない
14)頑張って同期に差をつけなきゃ
15)少しづつでも昇進しなきゃ
16)コツコツがんばる日々
17)やっと商品企画をまかされるようになった!
これはきっと達成感を得られるでしょうね。でもこれを見て、こんな達成感、人生に1回か2回くらいしかないな、と思う方もいらっしゃるでしょう。いらっしゃるでしょう!そういう方は是非、イタリアに来て数ヶ月ほど住んでみてください。毎日数々のいろいろな達成感を感じて、日々のストレスがガンガン飛んで行きます。
たとえば、私の昨日の達成感:
1)1年前に切れた私のプリンターのインク、欲しいんだけどどこにいっても売ってない
2)そうだ、イタリアにアマゾンが出来たってきいたからオンラインで注文してみよう
3)注文できた!でもまてよ、受取人不在のときは返品になるらしい(なんじゃそりゃ)
4)じゃあ職場に持ってきてもらうように設定しよう
5)えっ!職場は今月から個人宛の郵便物の受け取りを拒否することにしたんだって(もっともだ)
6)じゃあアマゾンの注文はキャンセルしよう
7)キャンセルできるんだろうか?…できた!(小さな達成感)
8)じゃあマルコーニ通りにあるシナジーで聞いてみよう
9)必死でパーキングを探してシナジー(電器屋さん)に行って聞いてみた
10)フィニート(売り切れです)。だそうです
11)どういう意味?仕入れるの?もう仕入れないの?
12)とにかくフィニート。「分かりません」だって。埒があかない。
13)じゃあ近いモールのユーロマ2に行ってトロニー(電器屋さん)で聞いてみよう
14)店頭にはおいてない。やっぱりなー。
15)ダメもとで聞いてみよう、すみません、HPのインクのこの番号ありますか
16)見てみるね、お!1個だけ在庫あったよ。
17)それください!ぜったいください!
18)購入、ものすごく深い達成感
そして今日の達成感。
1)最近洗濯物にちょこちょこついてる埃、なんでつくんだろう?
2)げ!これ小さくて分かんなかったけど虫だ!
3)何の虫?グーグルさんおしえて!(グンバイムシ、本当に軍配みたいな背中)
4)飛ばないけどひたすら洗濯物にくっついててなかなかとれなくて気持ち悪い!
5)どうやら白樺につく虫らしい、うちのバルコニーの前は白樺並木だもんね。
6)さてこれは洗濯物は今の時期は中に干すしかないな(とりあえずの解決)
7)でもバルコニーのイチゴちゃんやトマトちゃんもやられちゃうな
8)グンバイムシだけを殺すスプレーとかないんだろうか
9)グンバイムシってイタリア語でなんて言うんだろう
10)イタリア語も堪能なグーグルさんによるとどうやらティンジディ(複数形)というみたい
11)よし、お店に行って聞いてみよう
12)お店について、ふと、そもそも殺虫剤ってイタリア語でなんていうんだろう
13)脳みそフル回転で(英語だとインセクティサイドだからイタリアっぽく変形させてインセッティチーディとかかな)
14)インセッティチーディで通じた!なんの虫?と聞かれたので得意げに「ティンジディ」と答える
15)え!あなたの家白樺があるの?(といって店の横にある白樺の皮をばっとはいで、裏側をみせてくれたら、いましたグンバイムシ。私の洗濯物にくっつくのと全く同じ!)
16)いえ、家の前にはありますがうちにあるわけではありません、でもこれです!これが私の洋服につくんです。
17)じゃあ薄めて使うスプレー用の液体でいい?
18)ハイ、たぶん。でも何にかけていいんですか
19)薄めてスプレーするんだよ(それはききました、質問が悪かったかな)
20)なんにでもかけていいんですか?イチゴとかも?
21)これはそんなにつよくないからイチゴも大丈夫だよ
22)12ユーロです
23)買えた!(達成感)
これでさらに薄めてスプレーして虫が少なくなればさらなる達成感を得ることでしょう。ストレスはこうして飛んで行くことは行くんですが、イタリアでは別口で、いらないストレスがやってくることもあるので実は人生トントンかもしれません。でも達成感だけは毎日何かしら感じることができます。それだけは断言できます。

時差ボケの予防法

私は仕事柄長い時間飛行機に乗ったり、時間帯の全く違うゾーンに移動したりすることが多く、「時差ボケが大変でしょう」と言っていただくことも多いんですが、実はほとんどありません。今回も日本からローマで、夏時間で7時間ほど違うんですが時差ボケはありませんでした。

ただ、いつもかならず全くないわけではなく、それなりの予防法をいつもするのに、時々それを怠るとしっかり時差ボケになります。たとえば休暇などで1週間から10日ほど日本に帰り、日本でとくに時間的制限(仕事など)がない場合は「まぁ時差ボケになってもゴロゴロしていればいいか」と思って、しっかり予防をしないのでがっちり時差ボケになります。今日はその私なりの予防法を書いておこうと思います。もちろん、私のやり方ですべてのみなさんに効くというわけではありません。

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もうすぐローマへ

私の長かった日本滞在も、残すところあと3週間となってしまいました。いろいろなところに行って、いろいろなことをして、本当に充実していました。熊本で両親とゆっくりしたのも、隣に住むおばあちゃんとゆっくりお話できたのも、九州新幹線に乗れたのも、大阪の両親とゆっくりビールを飲んだりお食事したりできたのも、義母と京都に遊びに行ったり阪急電車ツアーに行ったりしたのも、Aさんと毎日いろいろくだらないことで笑ったりしたのも、母を連れ回していろいろなところで遊んだのもすごく楽しかった。姉家族と頻繁に会えたので、愛する姪っ子を思う存分甘やかすことができたし、大阪や名古屋や横浜や横須賀の友達に会えたのもすごく良かったです。
この分だとローマに帰るのがつらくなってしまって大変かもなぁとかすかに心配していたんですが、その心配を遠くからまさに察してくれて、ふんわりと和らげてくれるメールがローマの大切な友人でかつ、私のランドロードのAから届いて、涙が出るほど感動したのでここにメモしておきたくなりました。大変私的なものですのでそういうものに興味がない方は飛ばしてくださいね。
「私の親愛なる(注:最上級)Masamiへ。元気?帰る準備はできていますか?もうすぐローマに戻ってくるあなたをちょっとでも励ますために、たくさんの人があなたを迎える準備をしているということを伝えたくてメールしています。そう、あなたにはきっと想像もできないと思うよ。Mはあなたがいない間に改築作業を全部終わらせて、今、あなたのフラットのお部屋は全く….違う!きっとびっくりするよ。あなたが気に入ることを心から願います。すごく新鮮よ。新しい床、新しい電気システム、新しいマットレス,そしてあなたがほしがっていた新しいボイラー!これであなたが長い出張から帰ってきても、お湯が沸くのを待つことなくすぐにシャワーを浴びることができるね。
先週私はG(注:もうひとりのローマ人の友達)と一緒にEuroGarden(注:私の職場の近くにあるナーセリー)に行って、あなたが気に入るような新しいお花やハーブをたくさん買ってきました。Gが全部選んでくれて、あなたのバルコニーに植えてくれたよ。とてもキレイよ。プラス、G(注:私のところに来てくれるフィリピン人の女性、お手伝いさんではあるけれど、私にとっては大事な友人です)は細かいところまでお掃除に余念がありません。来週も来てくれるし、改築などのすべての作業が終わるまでちょくちょく来てくれる予定です。Gの仕事についてはあなたがよく知ってるよね、完璧です…。
家具屋さんもあなたのフラットでせっせと家具を組み立ててくれています。昨日B(注:私が車をとめている地下ガレージのローマ人のオーナーのおじさん)とも少しお話したけれど、あなたのプジョーのバッテリーがあがらないように、週に何回かはエンジンをかけてくれているそうですよ。このようにあなたを迎えるためのたくさんのアクティビティが進行中です。
あなたが帰ってくる日は残念ながら私とMはデンマークにむけてツーリングに行っていていないけれど、GとGはいるからいつでも連絡してね。もし帰る前に何かGにしてほしいことがあったら私にメールしてくれれば伝えておきます。
あなたとあなたの家族が健康で元気であることを願ってます。絶対よろしく伝えてね。
そわそわとあなたを待っているAより」
これで、寂しさが5%くらい減ったような気がします。ローマの新しいお部屋を見るのも楽しみになってきました。でもあと3週間、毎日暑いですけれど日本をもう少し満喫します。