間にいる人から「受け取らない」

つい先日、何かのエッセイを読んでいて、そのエッセイにブッダの教えを引用している部分がありました。その教えというのが、「例えばある家の主人が客人に出した食事を客人が食べない場合、その食事は結局その家の主人のものになる」というようなものだったんですね。つまりどういうことかというと、客人にとっては、不要のものを「受け取らない」という選択があり、それが選択された場合はその「不要のもの」は主人の元に戻ってきますよ、と教えているわけです。例えるなら、悪口とか、ジェラシーとか、投げつけるような言葉とか、嫌な気持ちとか、そういうものを「私は受け取りませんよ、どうぞご自分でどうぞ」ということができる、ということです。そしてそうするとなんと、それらの悪口やジェラシーや嫌な気持ちは最終的にそれを出した「主人」の元にブーメランのように戻ってきて「主人」のものとなる、ということらしいです。

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いつ終わるのか、というお話

とある理由があって私はこのブログでは、なるべく時事的なことを扱わないようにしているのですが、先週、職場で仲良くしている人々とランチ中にこの「いつ終わるのか」問題について科学的根拠なく自由に話し合ったのが楽しかったので書き留めておきたくなりました。もちろん、現在進行形のこのいわゆるパンデミックな状況が、ということです。

まず最初に、国際機関で数々の交渉や会議、委員会をまとめてきた皆様に「あるある」なことなんですが、みんな大好き「定義」のお話から始まりました。つまり「終わる」とはどういうことを指すのか、ということです。面白いことに、みんなが「いつ終わるんだろう」と言っているそれは、決してSARS-CoV-2というウィルスの絶対数が減ることや、それに感染して(COVID-19にかかって)病気になる人の数が減る(いなくなる)ことや、そのせいで亡くなる方が減る(いなくなる)ことそのものがメインではないということがわかりました。私たちが終わって欲しいと願っているその先にあるものは、私たちの中にある漠然とした恐怖が減って「大衆のマスク姿」が2019年レベルになることであり、自由に何時でも外を出歩けることであり、楽しく友人と集まって会食ができることであり、2019年のレベルで飛行機に乗って海外に行けることであり、公衆で咳がしたくなっても申し訳ない気持ちが2019年のレベルに戻ってくれることであるわけですね。

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世界と私との間には

ひょんなことで、最近のアメリカのメイハム状態からのBlack Lives Matter運動に関してアメリカの作家、タナハシコーツ氏がインタビューに答えている記事を目にして、動かされたというようなものとは違うレベルで感情がざわざわしたのでちょっと書いておこうと思います。まず、冷めた目で世界を見ると、世界で今起きている出来事なんて、99.9999999999%の確率で全然新しいことなんかじゃないわけです。良い人、意地悪な人、攻撃的な人、弱い人、強い人、強さを装ったすごく弱い人などなど、いろんな人がギリギリの境界線の中で違うタイプの人になっていて、そして全ての行動や言動を正当にも不当にも正当化し、正しくても間違っていても自分が正しいと思い込み、打算で動いたり、仲良くしたり戦ったりしていいことや悪いことを、それと知っていて、あるいはそれと知らずに行う。そんなこと何千年も前からずっとずっと続いている全く新しくないことなわけです。で、この21世紀になって、果たして何が新しいのか、となったときにものすごく違うのが、そう言った人間の行動や言動が、他人の目に触れるに至るまでのプロセスが新しくなっている、というわけです。

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いろんな coming-of-age ストーリー

私の世代でも、もうちょっと上でも下でも、世界のスターバンドだったOasisが好きだった、という方はたくさんいらっしゃると思いますが、私もその一人で、90年台初頭にSupersonicのMVで、労働階級な襟ボアコートで屋上に寒そうに立ってねっとりとヘタウマに歌うリアムを見た時、ああ、青白くて若いビートルズリスペクトな青年たちが頑張っている、と興味を惹かれました。あの頃のリアムはセサミストリートのバートみたいに眉が繋がっていましたね。そして私自身が渡米してすぐMTVで何万回流すんだ、というほど流れていたDon’t Look Back in Angerで今度は、リアムにそっくりだけど小さくて難しい顔をしたお兄さんのノエルが上手な甘い声で「今から僕はベッドの中から革命を起こすんだ」と歌った頃は大学のカフェテリアでアメリカ人が、サビに向かって腕を上げて♪Sooooo Sally can waitttと大合唱してました。

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時間管理の哲学

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私の職場では仕事に役立つ研修をオンラインで受けることができるシステムがあり、それを年間の個人の計画書に入れることも推奨されているので、いろんな立場のスタッフが、それはもうありとあらゆる分野の研修を受けています。例えば、私はだらだらと何かを書くのは好きなのですが、それをきゅっと短く効果的にまとめるのが苦手なのでそういう「書く」系のコースをとったり、ソーシャルメディアをどのように仕事に生かすか、というようなコースをとったりしています。そんな中、一緒に仕事をしているロシア人のMが、最近時間管理のコースの良いのをとったよ、と教えてくれたので急に興味を持って、土曜日に最初の30分を聞いて、その次の日は仕事に早めに行って始業時間前に全部で2時間半のコースを取ってみました。そうしたら、それが異常に興味深く、その研修には継続コースもあってそれも今いくつか取っています。ちなみに写真は、私のオフィスの個人キャビネットの中身なんですが、その時間管理研修の中でコーチが説明する「ホーム」でもあります。

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