Just because I have learned a tiny bit of factor analysis, I cannot stop thinking about how I could possibly quantify my life. I would not go for counting “unobservable variables,” because I cannot imagine how many they are. Probably millions, could be billions. But I could somehow come up with some “observable variables.” Here are some of my ideas:
X1. the length of my life, in year.
X2. the total amount of money I have earned or I would ever earn, in dollar.
X3. the length of time when I feel “happy,” in year.
X4. the number of times I get really excited about things happening to me, in N.
X5. the number of people I unconditionally love and trust, in N.
X6. the number of people who give me unconditional love and trust, in N.
Y. The quality of my life (Response Variable)
I’ll see if I can come up with more. To be continued… someday.
ナッシュのゲーム理論
昨日、デイリーグラインドというカフェでSさんとFさんと、勉強会という名のソーシャライズをやってたんですけど(つまりダラダラおしゃべりですね)、Fさんは考古学のPhDをやっていらっしゃる私よりひとつ年上のステキな男の方です(彼女募集中だとかそうじゃないとかいう噂もききます)。
そこでお互いのリサーチの話などやってたんですが、Fさんはだいたい600年から1500年前のネイティブアメリカン(アメリカンインディアン)の石器を使った行動学のようなものを研究されていて、アドバイザーの先生はその行動パターンなどをシュミレートしたり、モデリングしたりしているということなんですね。で、モデリングといえば今私がとっている統計のクラスで、LISRELというモデリングでリニア関係にあるリグレッションのモデリングをやっているので、その話をしているうちに、結局すべてのモデリングは経済学発端だということになり、こういったモデリングはだいたいにおいてすべて、いわゆるCausality Relationship(因果関係?)、またの名をCause-and-Effect Relationship(原因-結果関係)、あるいはCause-and-Benefit Relationship(原因-利益関係)というAssumption(仮定ですかね)のもとに仮説としてたてられているという話になりました。
これはどう面白いかというと、つまり例を出すと、たとえばアップルコンピュータという会社がありますね。現在のCEOはアップルコンピュータのファウンダーのひとり(というかメイン)、スティーブジョブスであるのは誰もが知っていることですが、その前はギルアメリオ博士だったわけで、その前はジョンスカリーだったわけなんですけど、なぜジョブスが追放され、ほかのCEOが失敗し、アメリオは追放され、ジョブスが戻ってきてアップルが息を吹き返したか、それはいろいろな要素が混ざり過ぎていて数値化して教訓にするには複雑すぎるのです。
が、モデリングをしてみると、なんと、こういってモノを数値化することができるんですね。CEOのカリズマだったり、信頼性、マネージメント能力などなどを評価するほかの値を数値化することによってモデリングができる。そして実際に数字である、たとえば売り上げだったり、株価だったり、そういうのを予測するために、その数字であらわせなかったパフォーマンスなどの値を立派なひとが作ったセオリーにのっとって数値化、評価、教訓化できるようになるわけです。
で、何が言いたいかというと、そこでFさんと一緒に話していたのがいわゆるナッシュ戦略とか呼ばれる、映画、”Beautiful Mind”にもなったジョンナッシュノーベルアワードウィナーのゲーム理論。私は昨日の段階ではそのゲーム理論について微妙に分かっていませんでしたが、つまりこういうわけです。
女の子が3人います。一番カワイイ子、2番目にカワイイ子、3番目にカワイイ子。そこに男の子グループが来ます。一番カッコイイ男、2番目にカッコイイ男、そして3番目にカッコイイ男。
ここで最良の結果というのを定義します。
1:自分に彼女ができる。
2:マキシマムな数のカップルをつくる(この場合3組)
この2コを満たしたときに、「最良の結果」と結論付けるわけですね。そうすると、もし自分が一番カッコイイ男の場合、その人は一番カワイイ子に行くべきなわけです。もし自分が3番目だと思った場合は、3番目のカワイイ子にいく。「最良の結果はグループの全ての人が自分と、グループのためを考えた時に導かれる」という一見単純でかつ難しい原理なわけですね。
たとえばライバル会社が3つ、似たようなビジネスディールの取り合いをした場合、ひとつの会社がまったくほかのライバル会社のことを無視して突っ走った場合、最良の結果は生まれない。ディールは一つ以上取り残されるし、自分の会社にディールを持ってこれない。
まぁこういったことを知るためには「自分の会社のことを客観的に把握する」という大事なことと、全体を見る目というようなものも要求されるわけですけど、150年来のアダムスミスの原理を覆い尽くすといわれる原理の発見だったらしいですよ。ジョンナッシュ博士。
The Matrix Reloadedでも”Choice”というのがキーワードになっていましたが、Keymakerに会うときにCause-and-Effectの話になりますね。あれをよく聞いていると、そのAssumptionは正しいというか、たとえ正しいといえなくても、そういったAssumptionなしには何も言えなくなるので、物事を系統立てて語るためには(っていうか学問って結局それがゴールだと思うんですけど)そのCause-and-EffectのAssumptionは外せないなぁと密かに熱く思ったのでした。Neoが悩んでいるように、Choiceというのは結局選んでいるようですでに選ばれているものなのか(だってCauseがあってEffectがあるわけだから)、それともControlというものとは別にChoiceがmadeされているのか、そこのところはよっぽどの哲学者じゃないとちゃんと考えられないだろうし、こうやって書いてて何がいいたかったか分からなくなる私には語る権利すらなさそうなんですけど、こういうことをグダグダああでもないこうでもないと空想にふけるのはわりと私の好きな時間だったりもします。
でもまだLISRELのモデリングぜんぜん分かってない。。。こんなこと考えてないで宿題やりなさい!って感じですね。頑張ります。
左巻き
昔の日本では、つむじが左に巻いているひとのことを「左巻き」と「あたまがおかしい人」という意味合いにして呼んでいたことがあったのはみなさんご存じなことだと思いますが(いわゆる、『くるくるぱー』は、人さし指は左にまわすものらしいですよ)、今日はその左巻きではなく、別の左巻きのお話。つい先日かの有名なネイチャーに掲載されたらしいですが、日本語の記事もありました。実は、そっちをちゃんと見ていただいたほうがいろいろと嬉しいのですが、リンクが切れると悲しいので無許可ですが勝手に下の方に転載しておきます。すみません。クレジットは信州大学浅見先生、東京大学上島先生 et al.です。
ミラーイメージ、LとRの関係は遺伝子学を語るに外せないトピックですがまぁLは劣性ということを証明するにはRを優勢にしてHoをリジェクトするしかないんでしょうね。でも右に右に、といく感じは面白いですよね。現実に突然変異でできた左巻きがその種を存続していくということもあるというのも面白いし、実際に交尾が物理的に難しいというのが繁殖のブレーキになっているというのも面白いです。
が、これを大きなピクチャーで見てみると、つまり全ての生きとし生けるものにミラーイメージがあるとしたら、ユニバースにミラーイメージがないのはヘンではないですか。少なくとも確率の問題で考えても、劣性であったとしても、あるはず。でもそこで矛盾が生まれるわけです。
左巻きなユニバースでははたして左巻きは劣性なのか、ということ。普通に考えたら違うだろうなあと思います。多分右巻きのほうが劣性に違いない。
全然違う話ですが、北半球で水がくるくると左に渦を巻いていく(つまり渦を物体に見立てると右巻き)のが南半球で逆になるのはコリオリの力でしょうが、これも含め、結局なんていうか上からみるか下から見るかの違いな気もしますよね。ツル系の植物とか、上から見ると右巻きですけど実際は左へのびていってるわけだし。つまり観測者の位置が問題なワケです。
あと、右巻きは収縮、左巻きは拡散、といって私は解剖生理学で勉強しましたけど、なんと説明すればいいのか、あ、そうだ、右利きの方、自分の右手の手のひらを自分の頭の上に置いてみてください。指が自分の背後に向くように。そして自分の頭をぐりっと右にまわしてみてください。あんまり力いれると首が痛くなるのでゆっくりね。そしてそれを左にぐりっと戻してみてください。自分の首の力は使わないでくださいね。どうですか?戻すの難しくないですか?つまり基本的に右まわしのほうがパワーがあるということなんですね。ペットボトルのキャップの開閉にもそういうのって利用されてるっぽいですね。でもこれも左利きの人はどうなんだろう、って思います。
しかも今ちょっとしらべたら、つむじの左巻きの率は国ごとに違うらしく、
ヨーロッパ人 15〜20%
中国人 30〜35%
韓国人 40%
日本人 48%
だそうですわよ奥様!日本人の半数じゃないですか!日本人は世界平均に比べ、つむじ曲がってるのか。
なんだか、同じ[左巻き」なトピックぽいのにミラーイメージ、コリオリ、などなど全然違う話(そうなんです、全然関係ない理由でそれぞれは左と右に分かれているんです)になってきましたけど、つまり、あたしが「!」と思ったのは、実際「生きづらい世の中だぜ」とヒラヒダリマキマイマイ(っていう種が左巻きのカタツムリにはいるらしいですよ)は思って生きているかもしれないけれど彼らも強く生きていけるし、どこかには彼らのほうが強く生きていけるところがあるのでは?という部分と、あと、結局観点の違いでそれぞれのものごとは同じだったり逆だったりするなぁという部分(実際カタツムリでもなんでも、何を左として何を右とするかの定義は見る人によって違いますからね)と、そのすべてのメタファーの行き先が面白いなぁ、という部分だったりします。
いやぁいろいろ欲張りすぎてわけわかんなくなりましたけどわたしの「!」をシェアできたら嬉しいなと思いました。
イラク
毎朝テレビで、今日はイラクで何人のアメリカ人が死亡、というようなニュースがありますけど、今日ゆっくりCNNのイラクでのカジュアリティのページをみていたら、今日付けで387人にもなっているんですね(イギリス軍も含め)。みていたら実際に戦いで亡くなった人、ヘリコプターや車の事故で亡くなった人、突然ゲリラ的に民間人に殺された人、などなど死因はさまざまです。いつまでこういうことが続くんだろう、と思ってしまいますね。
Swimming
Went to swim this morning. I’ve been doing this 3 mornings in a row. When I get to my locker, I do the combination unlocking. 28-18-10, then the lock clicks, door is open. I take out my swim suit and a gogle and change. Then I take a shower a bit with my suit on (it is required, right?).
Go out to the pool, greet with a lifeguard or two, and I quietly get in the water. First water feels really cold but I quickly get used to it before I know, and it actually starts feeling comfortably warm in a minute. Then I slowly start breaststroking. It takes roughly just over a minute to do a turn-around, so I keep stroking for a half hour. By the time I get about 1000 meters, I notice I’ve been thinking in the water.
It’s like you’re alone in the whole world, talking to yourself, and thinking deeply about stuff you really don’t have to think about. Then I think about what I just think, and go like, this is a quite luxury that I have time to think about stuff I really don’t have to think about. Lucky me, I’ve been feeling as if I’m almost like “suffered” by doing a bunch of things that I really don’t have to do, like Prelims. Lucky me, I have such luxuries in my life.
