K大学でのお仕事も、私が出発するまでにある程度のところまでやりたいね、ということになっているのでT先生と毎日朝から晩までせっせと頑張っていますが、T先生は本職のほうもずっとずっと忙しいのに、様々な方面にバイタリティを持って仕事をされているので、時々真剣にすごいなぁと心の底から思います。仕事がつまってきても、ちょっと問題があっても、全くいっぱいいっぱいにならず、「ありゃりゃ」なんて言ってらっしゃるので、そのあたりがポイントかな、とも思いますね。シリアスになりすぎないのってすごく大事だと思います。私も見習わなきゃ(シリアス)。
でもさすがに、私が日本に居る間に「終わらせる」というのは不可能なのでこれからはメールでのやりとりになりそうです。先生はMacだし、iChatもあるので私は楽観的に考えてますが、やっぱり面と向かっていろいろ相談したほうが何かとラクっていうことはありますよね。でもこれが一段落すれば強烈な達成感だねーと二人で言い合ってその日を夢見て頑張ります。
観たい映画をつなぐタスキ
私の大好きなサイト、dtlog.orgのNaoさんからタスキいただいたので答えてみようと思います。でも私の場合、100%ハリウッド系の超スーパーメジャー映画ばっかりで、なんとなく申し訳ないんですけど…。
過去1年間で一番笑った映画:
アメリカの好きだったところ
日本に帰ってきたのが5月12日だったので、もうまもなく8週間が経つかというところなのですが、何かにつけ、時々しみじみと「私結構アメリカ好きだったなぁ」と思ってしまいます。いや、この書き方は語弊があるかもしれません。私は「アメリカ」にいたというよりは、「プルマン」というワシントン州の片田舎の小さな町にいただけだったので、単純に「アメリカの中でプルマンに住む」というスタンスが好きだっただけかもしれないので。
どういうところが一番好きかというと、やっぱりまわりが陽気で前向きだというところかもしれません。自分が陽気で前向きになる努力をすれば済むことだし、何も日本人が陰気で後ろ向きだと言っているわけじゃないんですけど、単純に文化の違いですよね。例えば、人に会って別れるときに「じゃあね、またね」なんて言いますが人のことを気を使って言うごあいさつとして、日本では、これはもしかしたらうちの家族・親戚・知り合いだけかもしれないけれど、運転してきてたりすると「車に気をつけてね、事故なんかに合わないように」なんて言われたりしてガーンときます。以前日本に住んでいたときは何も思わなかったこの挨拶、よーく考えるとすっっっっごくネガティブ。9年で中途半端にアメリカナイズドされたかもしれない私は、つい(縁起でもないこと言わないでよ〜)と一瞬思ってしまいます。
さりげなさの文学
日本に、しかも高校卒業まで毎日過ごしたこの自宅に、こんなに長く滞在するのも久しぶりのことで、まるで高校以来時がとまったままのような自分の部屋で、ときどき目覚めの時なんかに、寝ぼけた頭でかなり混乱することがあります。あれ、私なにしてるんだっけ、という感じ。そして私は特に、「読書好き」というよりは、「書籍所有好き」なので、部屋をぐるりと見渡す限り、ミッチリと、私が若い10代だったときにお小遣いをためて買ったたくさんの蔵書があるので、それはもう、まさに、私の「青春」そのものといった感じの部屋にいると、さらに自分ワールドに入り込んでいきます。
そして今日私はひとつの法則を見いだしました。ハードカバー、単行本、文庫本、巨大絵画集、などいろいろな形態の私の本が、それはもう、まるでひとつの芸術のように私の部屋にところせましと並べられているのですが(私が大学へ行くために家をでて以来、私の父がコツコツと私の蔵書を著者名や種類などにそって、分類、整理したらしいです。それはもう、信じられないほど美しい眺めです)、実はこの、様々な種類の本の中でも、どうやら私に「再読」されがちな本には共通点があるらしいのです。
七回忌で考えたこと
無事にタイ行きが決まったのは嬉しいんですけれど、バタバタしながらビザ取得へ向けて書類準備したり航空券手配したり研究経費計算したり計画書を見直したりと、あんまりキャパシティを誇っていない頭の中がごちゃごちゃになってきてます。週末は実家で私の祖父の七回忌があって久しぶりに親類がたくさんと、そして家族4人全員集まったんですけど、今日もせっかく4人いるのにひとりでデスクで事務処理してました(あ、熊本に帰って来たこと書いたっけ)。
それにしても、あれからもう6年もたつんだなーと、久しぶりにいろいろと考えました。父より10歳若い弟である叔父が、みんなに気をつかって道化者になって、なんだかいかにも法事らしいぎこちない雰囲気を、なんとか一生懸命盛り上げようと「親父はいまこのへんにいるから」と自分の後ろを指差して見せたとき、冗談でもなんでもなく、「ああ、Y(叔父のこと)は酔っぱらってしまって仕方ないなぁ」なんてニコニコしたような苦笑したような顔をした祖父がチラっと見えた気がして、自分の想像力の逞しさにぎょっとしました。
