2012年お正月弁当

お正月弁当皆様明けましておめでとうございます。のんびりした元旦をローマで迎えています。写真は、おせちを準備できなかった私が冷蔵庫の中身を駆使して作ったお正月弁当です。混ぜご飯と、かぼちゃの煮物、ミートボール、にんじんとごぼうのごま和え、だし巻き卵、などなどが入っています。かぼちゃはイタリアのものなんですが、ちゃんとだしとお醤油で煮たら普通に日本のかぼちゃの煮付けの味になりました。良かった良かった。
おとそ代わりにイタリアのパッシートという甘口ワインをいただいて、お雑煮代わりに野菜スープを飲んで、お弁当を食べて、お茶を飲んで、と、本当にのんびりしています。こうして私がこのサイトを更新している間に、Aさんは、いつも忙しくてできないという、論文用の図の作成をこつこつと膝の上にコンピュータをのせてやっています。摩周湖の絵(図?)をせっせと描いているので仕事に見えません。仕事なんでしょうか。
数日ゆっくりしたらちょっとだけ国内旅行に出かける予定です。これを読んでくださっているみなさんの一年が幸せなものとなりますようにお祈りしています。

クリスマス前の週末

Buon Natale専門家会議の1週間も終わり、一段落して週末を迎えています。一段落とはいえ、この一週間で専門家のみなさんと必死で作り上げたドラフトを、これからせっせとまとめていかなければいけないので気は抜けませんが。職場ではクリスマス前ということでちょっとしたハッピーアワー的な会があったりしてソーシャライズに忙しい日々です。金曜日の夜はローマの国際機関で働く日本人のみなさまとのお食事会でした。珍しい韓国料理屋さんでの会で楽しかったです。そして昨日の土曜日は、ついに引退して母国スウェーデンに帰ってしまう、仲良しのAとの最後の日ということで、いつもふたりで一緒に行くAのお気に入りのトラットリアにアメリカ人のRも誘ってディナーにいってきました。シンプルなお料理なのに何もかもすごく美味しいんですよ。Aには最後にスウェーデンのクリスマスのキャンドルもいただいたりしてすごく嬉しかった。私はAの孫ちゃんたちにあげる、サンタクロースのついた小さなパネットーネをプレゼントしました。写真はそのパネットーネを買った、私のお気に入りのパスティッチェリア、アンドレオッティのディズプレイ。写真にとるとなんだか普通ですけど、オスティエンゼの通りから見ると夢の国みたいに見える素敵なパスティッチェリアです。バールも充実しているしアペリティーボにも最適。
さて日曜日の今日は、早朝からせっせとパッキングしてます。午後の便でバンコクへ飛びます。ローマは真冬、バンコクは夏、ということで持って行く洋服が悩ましいところです。しかも月曜早朝に到着して数時間後には会議が始まってしまうので飛行機の中でしっかり眠らなくっちゃ、とちょっとプレッシャー。頑張って行って参ります。

冬休みの予定

もう12月も3分の1が過ぎてしまって本当にびっくりですね。最近、一日が短すぎていろいろなことが追いついていなかったのですが、週末が来るとちょっとのんびりできるし、やらなければいけないこともたくさん終わるので週末っていいなと心から実感してます。週末最高!でもその週末だというのに今日は朝の5時に目がぱっちりと覚めたので、日本のAさんにiPhone Skypeしてくだらないことをひたすらしゃべったあと、朝からバルコニーガーデンの世話をして、イチゴを15個くらい収穫し、お洗濯、お掃除などに精を出しました。クリスマスにAさんと一緒に実家の熊本に帰る予定にしているので、その予定を母と一緒に詰めたり、再来週の出張の準備をしたり。
来週はずっと準備していた専門家会議(食品回収に関する)をやります。この1年の大仕事のうちの最後の一つです。トップノッチな科学者&政府の専門の人々と会議できるのは実は私がこの仕事をする上で一番嬉しいことなので5日間忙しいとは思いますが楽しみです。
そして再来週は今年最後の出張でタイに行ってきます。これは地域事務所のオフィサーと一緒にやる会議でバタバタなのですが、Siamの超ド真ん中でやるので会議の後ちょっとお買い物にいったりするのにはすごく便利かもしれないとちょっぴり期待しているところ。そしてバンコクから福岡への直行便で日本に帰国する予定です。福岡空港から我が家までは高速バスで1時間半程度なのでラクラク。そして主人のAさんと合流してファミリークリスマスを楽しもうと思います。
年越しは実はローマでやるのですが、今年はAさんがローマに来てくれるので年始までしばらくゆっくり休めそうです。冬休みをしっかり休むと新年にやる気が倍増するはず、と信じてゆっくりしたいと思います。そのままダラダラしてしまわないように気をつけなくっちゃ。

本当の国際人とは

2週間連続で専門家会議をやっていたのでかなり開放感のある週末になっています。天気もいいし、観光客もたくさんのローマですが、私は家でのんびり中。というのも昨日は大規模デモの噂があったし、今日の夜からは交通ストがあるという噂なので、こんな時は家でいろいろと懸案事項を片付けるのがいいと思ったから。
それでちょうど日本の家族と時差がぴったり合ったので、昨日は茨城にいる夫、東京の姉、熊本の両親とそれぞれたっぷりSkypeやiChatでお話できました。最近私はつまらないことでちょっとした問題に頭を悩まされていたのですが、本当の解決のために、この「絶対に私の味方になってくれる」タイプの優しい人々(夫、姉、両親)にはなるべく意見を聞かないようにしていたのですが、なんとなく問題が終結の方向に向かってきたので、昨日ついにそれぞれにお話して、いろいろと納得する結論やアドバイスを得ました。私の愛すべき家族のみなさんありがとうね。
それでその問題とは直接関係ないとはいえ、話をしている上でいろいろと考えたのがタイトルの「本当の国際人とは」ということ。国際的な環境、つまり様々な人種、文化、言語、性別、年齢の人々が集まる環境で働くときにいろいろと大事なことを私はこの6年で学んだし、これからももっと学ばなければいけないだろうなと思ったので、節目としてちょっとまじめすぎるかもしれませんが書き留めておこうと思いました。
まず「『常識』というものは存在しない」ということを強く認識しておく必要があると思います。いろいろと考えてみたんですが「完全にユニバーサルなもの」というものがないのです。コミュニケーションにしたって、態度にしたって、仕事のやり方、人とのつきあい方、どんなことを考えても「絶対にこれだけは全人類共通だ」ということがないのです。例を出すと、日本では上司に「それいいね!」という一行だけのメールを送ることは「常識はずれ」かもしれませんが、国際的環境ではあり得るし、決して失礼ではないことかもしれません。日本であまり知らない異性の同僚を下の名前で呼び捨てで呼ぶことは「セクハラ」に近いかもしれませんが、当然、国際的環境ではそれがある意味「常識」になり得ます。イタリア人の同僚は同性でも異性でも、挨拶するときは両ほほにキスしますが、そんなことをアラブ系の異性にしたら「信じられない暴挙」と思われる可能性が高いです。
原則としては、もし私がどこかの国に行ったら、その国の常識、言語、文化を尊重する、日本に誰かを招くなら、日本の常識、言語、文化を説明して分かってもらうようにする、ということで、多分これは「2国間」ということだけを考えるとしごく普通のことなんですが、これが、「国際機関」といういわゆる治外法権的な「何の国にも属さない」ところになると大変難しくなります。どっちの文化、言語、常識を選ぶか、というのはラインを引くのがものすごく大変なのです。
そこで大事なことは、「とにかく何でも理解しようと心がける」ということだと思います。誰かが「私にとって」常識はずれでとんでもない言動をとったとしても、「もしかしたらこれは文化の違い、育ちの違い、言葉の違いかもしれない」とまずは考え、全てを前向きに考えるように努力するということです。これは口で言ったりこうして書いたりするよりはるかに難しいことです。悟りを開いたお坊さんのイメージトレーニングで必死で自分を落ち着けて考えなければならない時だってたくさんあります。人間は(というより「私は」かもしれませんが)「他人を理解する」よりも「自分を理解してほしい」生き物だと思うんです。ですがここはひとつひと呼吸ついて、この世界に「常識」は存在しない、まずは違いを受け入れよう、他人を理解しよう、と考えることができると、本当の国際人に近づけるかなと思います。
次に大事なのはコミュニケーションですが、もちろん、コミュニケーションには言葉と態度とあります。態度は上の「常識はない」というところに共通すると思うのでここでは言葉にしぼりますが、国連では「国連の正式言語」というのが決まっていて、英語、スペイン語、フランス語、アラブ語、中国語、ロシア語の6カ国語です。基本的には英語、スペイン語、フランス語の3つのうちどれかが完璧であり、さらに上の6カ国語のどれかが第2言語として仕事上使える状態でないと国連職員としてつとめるのは難しいとされています。ですが、私が思うに、現状を見る限り、やっぱり英語です。しかも、単に「英語ができればいい」のではないのです。
まず英語が母国語の人も、英語が母国語でない人も、「自分の英語は相手の英語と違う」ということを常に認識する必要があります。イギリス英語、アメリカ英語だけをとっても全然違う表現があるし、イギリスでは悪い言葉を使っても「まぁ気品がない」と眉をひそめられるだけの時がありますが、アメリカでは仕事上悪い言葉を使うと最悪の場合解雇されることがあります。これは言葉を超えた文化の違いです。国際機関ではいろいろです。常に悪い言葉ばっかり使うカナダ人もいます。東アフリカンの人々は英語で公務を行うため英語が堪能ですが、アフリカの英語です。日本人の英語、という種類も存在するのは当然です。基本的な考え方がそれぞれの国の環境、個人の生まれ育った環境、受けた教育の種類によって全く違うわけですから、それが言語に現れるのは当然のことなのです。
まず、英語は上達に上達を心がけることにこしたことはないと思います。私もアメリカに10年近く暮らし、国際機関で働いて6年になりますが、それでもまだ毎日のように英語を磨いていく必要を感じます。そして「私は英語は完璧にできる」というおごりは、国際的環境での摩擦を引き起こしかねないと思います。なぜかというと、国際的環境での仕事は、「理想」の社会とはかけ離れていて、重く厳しい「現実」の社会だからです。
その「現実」とは、英語を母国語とする人もしない人も、全ての人の英語が完璧でない、ということです。ものすごくキツいアクセントが入ってしまう人もたくさんいます(ラテンアメリカ、日本、中国などはそうです)。でもよっぽど全く分からない限り、誰も「あの人アクセントが強くて何を言ってるかわからない」とは言いません。言う人は「自分の、Non-English Speakerの英語を理解する能力がない人」なのです。「分からない人が悪い」のです。「分からなければ何度も聞き返さなければならない」のです。「あなたの英語わからない」と文句を言うのはナンセンスなのです。これは厳しい現実です。
数年前私は日本人のインターンの方を受け付けて、非常に頭脳明晰で英語も上手な日本人だったのですが、その方は「あの人の英語が分からない」「この人のメールのグラマーがめちゃめちゃで意味がわからない」といつも私に言ってきていました。もちろん、その件の外国人の上司はアクセントがきつい人だったので理解するのが難しいのは確かですが、その人が言っていることの「本来の意味」を理解するのはそんなに難しいことではないはずです。分からない時はその場で「それはこれこれこういうこと?」と確認すればいいだけだから。相手の英語のレベルがどうであれ、相手を理解しようという気持ちを持って真摯な態度で対応する必要があるのです。
ですから言語や言葉のコミュニケーションの上での「本当の国際人」とはつまり、英語が苦手な人の英語であっても理解できる、あるいは理解しようとできる人、ということ。国際環境での「英語力」というのは「読み、書き、話し、聞き」よりも「理解」のほうが重視されるということです。相手がパーフェクトな英語ができるようになるまで待っていたら仕事になりませんから。
ですが、やっぱり英語が出来ない人との仕事はかなりストレスがたまります。そういった意味で、少なくとも自分だけは、そういったストレスを相手になるべく与えないようにしようと努力しなければいけない、ということで英語力を毎日磨く必要がある、と上の方に書いたのです。自分ばっかり努力しなければいけなくて不公平に感じるかもしれませんが、そんな方は1930年代の名著、人を動かす(D. カーネギー)を読んでみてください。なぜ自分ばっかり努力することで(そして相手に変化を要求しないことで)いろいろと問題が解決するかが見えてくると思います。実際にはものすごく難しいですけどね。感情のコントロールなど、私を含め不得意な人は(女性には特に、かもしれません)多いかもしれないので。
そして優しくあろう、と常に心がけること。私もついイライラしたり、不平等や理不尽なことにぷんぷんと腹を立てたり、「正義がいつも通る訳ではないのね」と幻滅したりすることがよくありますが、本当にいろいろな状況を経験して、いろいろな人と出会って、理解しようとして、つらいことや楽しいことを経て生きて行くと、残念ながら世界は、世の中は、すべて不平等で理不尽で正義が通りづらいところなのだという現実に気づかされ、それを解決するのは、ただひとりひとりの人間の「目の前にいる人への優しさ」しかないと認識すると思うのです。結局目の前の人、同僚、上司に優しくできないひとが、国際機関の人道的援助という大きな名前のもとに行う「優しい援助」というのができるわけがないのです。
ということで、どんなイヤな人が上司、部下、同僚、友達、知り合いであっても、自分だけはその目の前の人を理解しようと心がけ、優しくしようとすることが出来る、という人が「本当の国際人」ということですね。そんな人世界に何人いるんでしょうか。道のりは険しく遠いですが私も精進します。

土曜日のブランチと展覧会

Chiostro del Bramante今日は同じ職場に勤めている数少ない日本人のうちのひとり、Mちゃんと一緒にブランチに行ってきました。場所は私がここでも何度も大好きだと言い続けている、キオストロ・デル・ブラマンテ(ブラマンテの回廊)。まずは観光客で一杯のナヴォーナ広場で待ち合わせして、てくてくと歩いてキオストロまで行って、ちょうど「Gli Orientalisti. Incanti e scoperte nella pittura dell’800 italiano」と銘打って、1800年代のイタリア人画家が描いたオリエント(今で言うアラブです)のエキシビジョンをやっていたのでまずはチケットを買って、それから花より団子でカフェテリアへ直行。おしゃれなビストロカフェでランチにしたのでした。私は温かいさやいんげんのスープとパン。Mちゃんはオムレツをいただいていました。フルッティ・ディ・ボスコがのったチーズケーキがあったので二人ともそれをデザートに、紅茶まで。このチーズケーキ甘くなくて絶品でした。最高。
お腹が満足したのでさっそく下に降りて行って、約2時間ほどかけて展覧会を見てまわりました。「よっぽどアラブにとりつかれていたんだね」というような作品や「これはどうなの?」と素人目にはうつってしまう作品もありましたが、中にはハっとするほど生き生きとアラブの女性の魅力を描いた作品もあっていろいろと考えさせられました。ひとつ、お嬢様風の女の子が素敵なドレスを着たまま、カウチに足を投げ出すように座って夢中になってなにか縫い物をしている横で、その召使いのような同じ年齢くらいの女の子がしっかりと座ってやっぱり刺繍のようなものをやっている、という絵があって、それが今にも動き出しそうで、一人の女の子が糸を引っ張って、私は終わったわ、あなたは?というような動きをする錯覚に陥りました。私は美術のことはよくわかりませんが、こういう風な自分の想像が勝手に広がる絵に出会うと本当に嬉しくなります。もしかしたら夢に出てくるかもしれない。
あと、風景画の空がすべてどれを見ても青くないので、そうだよね、と思いました。アラブの空ってヘイジーです。砂のせいでしょうね。
見終わって外に出ると、写真のようにもう真っ暗になっていました。私の大好きな回廊部分もライトアップされていて本当に美しいです。フレスコ画も残っているし、床の部分も幾何学デザインが秀逸だし、本当に素敵なところです。
このあとパンテオンの近くに用事があるというMちゃんと一緒にパンテオンまで行って、ふと思い出して私は近くのサンテウスタキオのバールに行ってコーヒー豆と「コーヒーのキス」という名前のついたコーヒー豆のお菓子を買ってきました。豆はうちの旦那様へのお土産で、お菓子はいつも家に置いておくと友達が来たときに喜ばれるのでゲスト用置き菓子として。それからルンゴテベレに停めておいた車でブーンと帰ってきました。楽しい土曜日でした。明日は何をしようかな。