一体全体、何がどういうふうに問題なのか:環境ホルモン

しばらく前に書いた、「イグノランス」の記事を前書きとして読んでいただきたいんですが、読んだ方も読んでない方も、「キレイ事じゃん」とか「問題が大きすぎる」とか「他に大事な問題がある」とかなんとか言わずにちょっとだけ読んでくださると幸いです。私もよく分かってないので、難しくは書いていないと思うので多少は読みやすいかと思うんですが。まず、環境ホルモンって言われても、漠然としていて「つまりなによ!?」と私は思ってしまっていたんですが、整理してみます。基本的には、「そっくりさん」です。ホルモンの。しかも邪魔なそっくりさん。これじゃ言葉足らずだと思いますのしっかり説明すると、

環境ホルモンとは、「内分泌攪乱物質」と呼ばれ、環境中に放出れた、化学物質の中に、あたかもホルモンのようにふるまう物質があり、本物のホルモンの働きを攪乱してしまう、というような物質のこと。

という説明が一番しっくりきますね。英語ではEndocrine Disrupting Chemicals (EDCs)と呼ばれることが多いです。いつ、この言葉ができたかというと、1996年です。当時私はアメリカに来たばかりだったんですが、ニュースでベストセラーの本、”Our Stolen Future”(直訳は「私たちの盗まれた未来」、邦訳の本は「奪われし未来」という題だそうです)というのが頻繁にとりあげられていて、「どんなSF小説だろう?」とぼけーっと考えていたんですが、実は環境ホルモンの本だったのですね。おバカな私。その本は、今まで別々の研究として、化学物質が生物に与える影響などが発表されていたのを、コルボーン博士という女性がまとめあげ、出版したものなのです。日本人は実はこの「別々の研究」として発表されていたものをものすごく身近に学んでいるんですよ。水俣病、イタイイタイ病、カネミ油症事件、などなど「おお、あれも環境ホルモンであったか」と思うようなものばかりですよね。アメリカ軍が責められている、ベトナムの枯れ葉剤、イラクの劣化ウランなどももちろん、環境ホルモンです。

私は実は、こういった、ある企業やある国に責任がある!と怒っているわけではないので、そこのところはハッキリさせておきたいんですが、単純に怖いなーと思っているのが、実は環境ホルモンはもっともっと、ずっと身近なところにある、ということなんです。まず、ガン。世界で500万人以上が毎年(毎年ですよ)ガンで亡くなっているということですが、その90%以上が、化学物質が原因だと言われているらしいです。殺虫剤だってもしかしたら環境ホルモンかもしれないし(だって現に虫を殺しているでしょう)、農薬だってそうかもしれない。発展途上国では、まだこの環境ホルモンの恐ろしさが国民に浸透していなくて、先進国では完全に禁止されている物質が日常で普通に使われている場合もあるらしいです。インドなんか、BHCという、もう日本では30年以上も前に禁止された殺虫剤が多量に使われているらしいです。

普通BHCは食物連鎖を通して、だんだんと毒性が強くなるらしいんですね。だから、肉食の動物がより、高い濃度の毒を持っていると考えるのが普通なんですね。だけど、インドでベジタリアンと肉食の女性の母乳を検査してみたら、なんと驚くべきことに、ベジタリアンの女の人のほうが強烈に高いBHCを持っていたんです。それはどういうことか。つまり、ポストハーベストなわけです。収穫したあとの野菜に殺虫剤をかけているので、BHCはそのまま人間にそのままの濃度で吸収されてしまう。ここで、「でもインドだし」と思っていてはいけないんです。日本は輸入大国。たくさんの食物をいろいろなところから輸入してます。先進国からも、発展途上国からも。世界のスタンダードとなる食品安全の政策が事実上ない現在、はっきりいってこういうところから入ってくる環境ホルモンは知らないまま摂ってしまっている可能性はわりと高いと思いますね。怖がらせたいわけではないんですが、もう、仕方のないこととして。

今まで奇形になってしまったり、死んでしまったりした鳥やカニ、イルカなどが研究の対象になっていますが、人間に直接的な形で「死」が訪れないのは(少なくとも、死因として特定されないのは)、それはなんと原始的なことに、人間は化学物質をはじめ、いろいろな物質を分解する能力に優れているのに加え、非常に免疫系が強いからだそうです。でも、だからといって調子にのってはいけないんですね。いま、野生の生物たちに異常が出ているのは、「今なんとかしないとこの先人間にも影響がでるよ」という兆候だと思えるからです。日本で環境ホルモンの代表のように扱われているのがダイオキシンやPCBですね。もちろん、それらも真剣に解決していかなければいけない大事な問題ですが、ゴミのリサイクルを適当に考える、空き缶を投げ捨てる、タバコを吸う(煙がでる)、などなども、その「環境ホルモン増殖」に思いっきり協力してしまっている行動だそうです。いきなり私の力でダイオキシンを減らすことはできないかもしれないけれど、落ちているカンを拾ってリサイクルするくらいだったら私もできそう、なんて思ってしまいます。本気で。キレイ事じゃなくて。タバコの投げ捨てが山火事を生んだり、そうして二酸化炭素が増えたり、とかそういうのも環境ホルモンの増加に結びついていくらしいですよ。

研究として「面白い」と思ったのは、パーキンソン病、性同一障害、アトピー性皮膚炎なども、もしかしたら、環境ホルモンのなんらかの影響で、内分泌系に異常をきたし、免疫系が破壊された結果かもしれないといった研究や、いわゆる「キレる」という人々の増加、男性の精子が減ってきているという事実などなども、根気づよくモトをたどっていくと、もしかしたら環境ホルモンかもしれない、といった研究などですね。でもどうやって、結論付けていくんだろう、と考えると、イメージしただけで気が遠くなりそうなトピックですけれど。

さて、ここまでの要約は、愛媛大学の田辺信介先生という環境ホルモンの第一人者である、農学博士の先生が講演された内容なのですが、先生の結論としては、
1. 産、官、学に加えて、「一般市民」が参加してとりくむべきである
2. 現状は一般市民とその他の関係が悪い
3. 一般市民は基本的に政治家、業界を信用していない
ということをあげらられていたんですが、そうですよねぇ。政治家や企業が「こういう研究結果がでているので環境ホルモンの問題は少なくなってきています」と発表したところで、誰も信じないでしょう。先日家から送られてきたBSE問題に対する新聞広告で、「アメリカンビーフは安全です」というわりとまっとうだと思われる研究結果をまとめてあるものを見ていて思ったんですが、それで「そうかー安全かー!」と思うほど一般市民は単純じゃないですよねぇ。「ム!こうやって安全かどうか分からないものをアメリカは押し付けようとしている!」と思ってしまうのが普通の人の反応でしょうね。難しいところです。それで、先生は

1. 重要なことは情報を公開することである
2. 認識しておかなければならないことは、我々の身の回りのものは、すべて、大なり小なり化学物質(環境ホルモンも含む)に汚染されているということである

とまとめていらっしゃいます。1はもちろん、そうだ!と思いますね。研究者、政治家、企業が頑張って力を合わせて、正しい情報、現在までの発見をちょこちょこと一般市民に伝えていくのがとても大事なことでしょう。私は研究者ですが、環境ホルモン問題に関しては一般市民なので、ここは本当にそう思います。そして私が思うに1よりずっと大切なのは2。一般市民として、今現在、地球に、「ナチュラル」で「完全に安全」な食物は皆無だと気付くべきです。オーガニック野菜とかいって普通の野菜の数倍もの値段がついている野菜だって化学物質に汚染されてます。南極や北極の人間を見たこともない魚介類だって汚染されています。

大事なのは認識。自分が、知ろうとすること。自分の食べたいものを、できるかぎり安全に食べるには、「安全ですよ」と政府や企業から言われた食べ物を食べていればいいのではなく(そうすると政府や企業がうっかりしたとき大被害者になります)、「すべて大なり小なり汚染されているんだ」と思うことにより、特定の食品だけを食べ続けたり(化学物質の蓄積の大原因)、汚染濃度が高いと思われる食品を頻繁に食べたりするようなことがなくなります。そうすると、いつもの「栄養士の分かりきっているうるさいアドバイス」になってしまいますが、「食品を安全に、美味しく調理」し、「なんでもバランス良く食べる」ことがいかに大事かが分かってくると思いますね。実は今回、よし、環境ホルモンについて書こう、と思ったことの10分の1くらいしか書いてません。またいつか続く(かもしれない)ということで。今日はおしまいです。

追記(8/7/2004):コメントをいただいたのでお返事代わりに追記をしておきます。まずはじめにお断りしておきますが、文中にも書いたんですが、私が問題にしてるのは、「責任問題」ではないということです。誰が悪いのかとか、誰のせいか、とかそういうことじゃなくて、「一般市民」として、「問題点を明らかにして、わたしたちにできることを考え、その点について、これから前向きに改善していきましょう」、ということなのです。それを頭においたうえで、文中でも話題にした田辺先生の講演の文章から引用させていただきます。

現状は、一般市民と行政および業界との関係がまずい気がする。日本化学工業が1998年の4月に環境ホルモンに対する見解を出した。その中に、「業界のレスポンシブルケアー(企業や自治体が化学物質の自主管理、環境監査などによって化学物質の環境リスクを減らす行動)でできる限り対応する」と書いてある。これは結構なことであるが、これで一般市民との接点が持てるのかたいへん気になった。

例えばカップめん業界が1998年の5月に、新聞の一面に「カップめんの容器は環境ホルモンなど出しません」という調査報告結果を掲載した。これには1000万円の掲載料がかかったそうで、我々研究者は、この調査報告の内容の8割方は正しいとみている。
しかし、一般市民は、業界が出したデータをほとんど信用していない。業界のデータは、怪しいと思っている。これには化学物質に対する歴史的な経緯が関与している。かつて、日本の企業はさまざまな公害事件をおこした。その時、企業や行政の一般社会に対する対応がきわめてまずかった。それが根深い不信感として一般社会にしみこんでいる。

(中略)

業界がやらなければいけないことは、社会の不信感をいかに払拭するかということであろう。それにはいろいろなやり方が考えられるが、一つの方法は、調査を実施したり、データを発表する際は、NPO(民間非営利組織)と協力して行うことである。もちろんNPOの中には手強い組織もあるが、たえず接点を持って接触し、いっしょに調査したり共同発表をして、「1から3については合意を得たが、4から10については見解が一致しなかった。この点については今後さらに検討します」というような形式で作業をすすめれば、業界の信用は徐々に回復するであろう。

これが、対策のひとつですね。とてもいいアイディアだと思います。でも、この対策のゴールは「消費者、一般市民に、業界からのデータを信用してもらう」ということがあります。たとえばひとつの会社だけ、その会社につとめる研究者からだけのデータだと一般市民は信用しないわけですね。そこで、NPOの人々にも一緒に研究してもらう、Raw Dataを見てもらう、見解をのべてもらう、ということをしたらどうだろうか、ということなのですね。そして求められるのは一般市民の理解と知識。「会社がいうことはあてにならない」という人は多いですし、実際そういうこともあるのでしょう。でもイグノランスだけで何もかもを人に頼っていないで、自分でいろいろ調べてみたり(環境ホルモン問題についてのインターネット上のデータは偏っているとおもいますのでちゃんとした文献を調べることが大事)、少なくとも、「知ろうとしよう」とすることが大事なのではないか、と私は思っているのです。

そして冒頭の件に戻りますが、突然ですが、私はブッシュ政権には賛成するより反対することが多いのですが、今回の、「911テロは防げたか」という問題に対する結論はものすごく「素晴らしい結論だ!」と思いました。彼等は、「防げたかどうかをつきつめ、結論付けるのはやめよう」といったのです。「起きたことは起きてしまったこと、防げる可能性があったとしたら、どこで防げたかを明確にして、これからは確実にその点においては防げる体勢をつくろう」といったのです。私は環境ホルモンやその他の問題でもそういう姿勢が大事だと思います。私のような一般市民でもできることはあるはずだ、と心の底から信じて知識欲を持ち、どんなにキレイ事だと非難されようと、前向きにいるべきだと思っています。

2 Replies to “一体全体、何がどういうふうに問題なのか:環境ホルモン”

  1. すみません、いまさらっと読んだ程度でコメントさせていただきます。男子の精子減少について1ヶ月ほど前にカナダの新聞で読んだことがあります。プラスティックコンテイナーとオイルの組み合わせに熱が加わると、悪い物質(環境ホルモンと呼びますか)が溶け出し、人体に影響を与えていることがわかって、男子の件もこれによる影響じゃないか?とか書いてありました。あと、女性の乳がんも。私達が子供のころから、言われていましたよね!?カップラーメンはなぜ良くないのか。あの容器と熱いお湯と油で悪いものが溶け出すってよく両親に聞かされていました。日常の知恵というのか、普通の考え方というのか、それとも基本的なことというべきなのか・・・そういうのはかなり重視していくべきことだと思いませんか?
    すみません、まとまりが無くて。こんどまたゆっくり読んでコメントさせてください!

  2. Shizukaさん:貴重なコメントをありがとうございます。カップめんの容器の話は1か月に1回くらいは、私の参加しているFood Safetyのメーリングリストでも話題になりますが、私が見る限り、特定のノリ付き製品(発展途上国のみで出回っています)を除いては、大丈夫なようです。詳しくは、本文中に追記しておきました。でも、Shizukaさんのように問題意識の高い人が、「これは大丈夫なのか?」とかいろいろと考えるということが何よりの解決の糸口だと私は思っています。そして、日常の知恵ってすごく大事だと思います。「なにかヘンだ」とか思ったらすぐに「知ろうとする」こと、それがイグノラント化しない第一歩だと思います。またご意見聞かせてくださいね。

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