A Painted House

20030427apaintedhouse.jpgA Painted House (John Grisham)
今日は、珍しく(?)私のメインの研究のなかのすっごく一部分でしかないんですけど、あるデータをContingency TableというChi-Square analysisのひとつであるやりかたで分析して結果を出し、レポートを書きました。今日こそは絶対これを終わらせようと決心してオフィスに向かったので終わって本当にほっとしました。
そして家に帰って今日、楽しみにしていたCBSでのHallmark Dramaの”A Painted House”をみました。いつ読んだかをすっかり忘れてしまったのですが、これは数カ月前に読んだ同じタイトルの本のドラマ化されたもの。邦題はそのままの、「ペインテッド・ハウス」。原作がほぼ完全に忠実に映像化されていて感動しました。あるバイオレンスな部分が、ちょっと状況を変えてあったくらいでした。このお話は私の大好きなファミリー物です。グリシャムは法律スリラー以外に2つ、このA Painted Houseというお話と、Skipping Christmasというお話を家族モノとしてタンタンと書いているのですが、やっぱり天才だなぁと思います。タンタンとしているのに、ぐっと来て、何度も何度もその話を思い出したり、本当の意味を考えたりさせてもらえます。読んで良かったと思える本がたくさんあります。感想は下に続きます。
[ 洋書籍 | 日本語訳書 ]


このお話でグっと来たのは、あれ?これもしかしたら以前にココにも書いたかもしれませんが、「お父さんはもしかして???」とルークが気付くところ。テレビではわりとさらっと流してありましたけど、あれには涙がでました。子供だとそういう大事なことに気付かないことがよくありますが、あれに気付くと、果てしなく傷付くものなんですよね。
私は小さなころから多分中学に入るころまでくらいでしたが、子供のころにうちの両親にも言えずずっと傷付いていたことがあり、そのことを思わず思い出してしまいました。大人になってからはどうってことないというよりも、私自身微笑ましくすらも思えるほどのことなんですが、私の叔父(父の一番下の弟)が、多分まだ結婚してないころに、我が家に遊びに来たんですね。そしてうちで、おもむろに、叔父さんはプラスチックの透明のパックに入った薄切りのサンドイッチを出しました。どんなサンドイッチだったかというと、ホイップクリームにスライスされたイチゴや、缶詰のみかんなどが挟まれた、どっちかというとデザートっぽいサンドイッチだったんですね。
それを見た幼い私はおもいました。この優しくて若い叔父さんは、私にお土産をもってきてくれたに違いない。
そして叔父さんに「ありがとう〜〜!」といいながら、多分当時5歳くらいだった私はそのサンドイッチをパクパクと食べました。いやぁおいしかったですよ。本当に。
そしてしばらくして、その叔父さんは、ニコニコしながら、「あ〜ハラへった〜」と言い出しました。そして5歳の私は、そのときはじめて気付くのです。あのサンドイッチってあたしにじゃなくて、叔父さん本人のお昼ご飯だったんだ。。。
なんでそういうことで自分が傷付くのか分かりませんが、私は結構その後長い間、それを思い出す度に涙が出るほどつらかったんです。何か今思えば面白いですけどね。そのときは確か、うちのピアノが置いてあった部屋にかけこみ、しばらく出てこようとしなかったような気がします。しばらくしてうちの姉が、私の大好物のバナナ(ちなみに今も大好物です)を持って来て、「これあげるから出ておいでよ」となぐさめられてトボトボと部屋から出て来た気がします。うちの家族のみなさん覚えてらっしゃいます?覚えてないだろうなあ。そんな些細なこと。
つまり、何がいいたいかというと、そのころの私は、「気付きはじめた」私だったってことなんです。その1年くらいまえまでは、「あ、あれはもしかして。。。?」なんて考える余裕はなく、そんなサンドイッチたべてああおいしかった〜って終わりだったってことなんです。世の中には私がいて、それでおわりだと思っていたのに私がいて、そして他の人もいて、と思いはじめたころだったんだなーと思うんです。5歳ではじめてきづくのなんて遅いのか早いのか全然わかりませんが。でもそんなわたしを気づかってくれた姉が私よりもたった1つ上の6歳だったことを考えると、きっと遅いんでしょう。
まぁそんなこんなで、私もそのときハッ!と気付いたってことを言いたかっただけなんですけどね。このA Painted Houseでも、主人公のルークは、ハッ!と気付くわけです。ルークの場合はもっと大事なことに、ですけどね。
つまり少年がわずかに大人になる話っていうのはなんだか感動を呼ぶよなぁとふと思ったわけなんですね。私はあの名作、”Stand by me”を見ていて、あの太っちょの男の子(その後信じられないほどカッコよくなってて私は正直ビビりました)がクシを川に落とすシーン、あと、何だったかしら、あの映画、男の子がスーツケースにいれていた雑誌の切り抜きや、いろんな宝物をスーツケースごと海に投げ込むシーン、そういうのを見る度にぐぐぐぐっときます。
大事なものって、そのときは信じられないほど大事なのに、あっというまに大事じゃなくなったりたんなるノスタルジーに変化したりしますよね。
そういえば911のときのあのWTCで仕事をしていた人もインタビューで、あの日、自分の人生をかけた資料を作成していて、避難しろと言われてそれを持って逃げるかどうか真剣に考えて、結局持たずに逃げて、そしてその数分後に資料がいかに自分の人生に重要でなくなったかがヘンにリアルだった、と言ってました。まぁこれは少年から大人へ、っいう話じゃないのでちょっと違いますけどね。
まぁそんなこんなで、A Painted House、タンタンとしていますが、なんだかぐっとくるいいお話です。でももしかしたら、私を含め、日本人の共感は呼びづらいかもしれませんけれど。
だらだら熱く書きましたが今日はもう寝ます。あとはファイナルに向けて頑張ります!  

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