2008年に初めて日光を訪れて、これから物事に「結構」と言えるようになった私たちはすっかり日光のファンになってしまったんですが、場所柄風評被害で観光も大打撃を受けていると聞いていてもたってもいられず、Aさんとふたりで8月の終わりに週末旅行に行ってきました。写真は日光金谷ホテルの中庭。気温は21度ちょっとくらいで本当に避暑地。夜はとても涼しくなるし、1泊だけでしたがこうして憧れの金谷ホテルに泊まることができて私は大感激でした。お部屋は神橋を見下ろすことができる新館の3階。週末なのにホテルも満室ではなく、静かにゆったりとした時間が流れていました。
滞在中ずっとホテルの中や外を散策し、広くて天井は高いけれどどことなく昭和風なお部屋の中でのんびりとして、おいしいフレンチをいただいて、と本当に満喫できました。金谷ホテルでの朝食はホテル正面の明るいバルコニーでいただくことができて素敵でした。そのあと毎日朝10時と午後3時に焼き上がる金谷ホテル特製の100年カレーパイを手に入れ、大満足の私たちはチェックアウトのあと中禅寺湖湖畔にあるイタリア大使館別荘記念公園を訪れて、のんびりしました。思った以上に景色が良くて、緑がいっぱいで、庭園公園好きの私としては大満足です。2社1宮もお参りして奥日光にも行って戦場ヶ原を観たりしてほんとうに避暑地の夏というのをほんの一瞬でも過ごすことができて嬉しかった。後ろ髪を引かれる思いでつくばにドライブして帰った私たちですが、またこんどは寒い冬にスケート靴持って、毛糸の帽子をかぶって行きたいな。
時差ボケの予防法
私は仕事柄長い時間飛行機に乗ったり、時間帯の全く違うゾーンに移動したりすることが多く、「時差ボケが大変でしょう」と言っていただくことも多いんですが、実はほとんどありません。今回も日本からローマで、夏時間で7時間ほど違うんですが時差ボケはありませんでした。
ただ、いつもかならず全くないわけではなく、それなりの予防法をいつもするのに、時々それを怠るとしっかり時差ボケになります。たとえば休暇などで1週間から10日ほど日本に帰り、日本でとくに時間的制限(仕事など)がない場合は「まぁ時差ボケになってもゴロゴロしていればいいか」と思って、しっかり予防をしないのでがっちり時差ボケになります。今日はその私なりの予防法を書いておこうと思います。もちろん、私のやり方ですべてのみなさんに効くというわけではありません。
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ご無沙汰していましたが、私の長かった日本滞在も終わって、9月になりローマに戻ってきました。写真は預けておいたウエアハウスから戻ってきた私のお荷物たち。32箱あります。さっそく開けて片付け始めたんですが、3箱でとりあえずコーヒーブレイク。私ったら我ながら弱すぎです。そしてコンピュータの前に座ってこれを書いています。金曜日の今日はお休みをとったし、週末があるのでなんとか全部片付けられるようにがんばります。
1996年に日本を離れて15年、アメリカとタイとイタリアの暮らしから突然日本に4ヶ月ちょっと滞在して思ったのは、日本は本当に良い国だなということ。いろいろと小さな問題もありますし、将来もそんなにキラキラ明るいというわけにはいかないとは思いますが、そんなマイナス点を大幅に凌駕するほど、本当に親切で控えめで心優しい人がたくさんいる、暮らしやすい、愛すべき私の母国だ、と本気で思えて、そう思えたことにとても感激しました。
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The Tree of Life (2011), (A-)
今まで見た映画の中でも3本の指にはいる超のつく難解映画でした。難解すぎて唖然とします。周囲の数人が途中で映画館を出て行き、周囲の多数の人々がスヤスヤ状態でした。一緒に行ったAさんも途中かなり危なかったみたいです。
私は全く解読できなかったので、もう一度見たいなと思いました。だから評価高めです。
結局分からずじまいで悔しいので、ランダムに箇条書きで思ったことを。
- Father と father(イタリア語でPapa と Papa’)が最初から混乱しました。どっちに語りかけてるの?どっちも?
- 母と、弟が導いてくれたということは「正義」や「善人」が導いてくれて、父親と自分はその逆にあるということかな?
- ナチュラルに生きるということを世俗的に生きると訳されている。。。それってどうなんだろうと思ったけれど、本当にナチュラル(自然)ということは動物的に本能的に生きる=利己的に生きるということなんでしょう。
- ハッブル天文台の写真かな、とてもきれい。キレイなものと恐ろしいものは常に同じものに同時に存在している。
- 好きであることを表現するためには好かれていることが前提だから、難しいな。
- 「チャンスを待っている間にすりぬけてしまった」的なことは成功する人のメンタリティでなかったということだけれど、それと同時に大切なものを得ている(=成功すると得られなかったもの)ということで理解できるかも。
- 謝るということは勇気がいるけれどパワーがある。謝ってどうなるというものでもないけれど、その影響力は計り知れないと思う。
- 成功する人は善人ではいけないというのはあらかた正しいと思う。少なくとも、冷ややかすぎるほど物事を客観視できる必要がある。そしてそこまでして成功したいかどうかというのは個人の価値観であって、最初の「ナチュラルに生きる」か「グレースに従って生きる」かというところなのかも。でも神を信じていない私には後者に説得力がないかも。
- 森の風景にモルダウの大音量合唱が結構強烈!
- 最後の天国的なビーチ?はなんのことなんでしょうか。結局大事なものは身近な人々なんだよということ?
- 末っ子はどこにいっちゃったの?
いつものようにトレーラーコピーしておきます。
世界一の大仏さまと花火
8月15日には牛久の「牛久大仏」まで行ってお盆の供養の奉納花火を見に行ってきました。被災県である茨城県なので今年は東日本大震災の特別供養も行っていました。いつも一時帰国のたびに成田にAさんが迎えにきてくれて、つくばまで車で帰るのですが、そのときにいつも見かける牛久大仏。いつみても、デカいです。タイにもたくさんの大仏さまがあって、特にアユタヤの大仏なんてすごく大きいし、ワットポーの涅槃像のサイズもかなりの大きさではあるんですが、牛久の大仏にくらべたらピーナッツです。とにかくぎょっとするほど大きい大仏。
ですがまわりは巨大な墓地になっているので、その場にいると、まあこうして大きな大仏さまが(震災でも被害はなかったそうです)微笑をたたえながら見下ろしておいてくれるというのはもしかしたら仏様にはいいのかもしれないという気持ちになります。安らかな気持ちになったりもします。
お盆には、事前に登録して奉納花火を申し込むと、名前を発表するのとともにどーんと打ち上げ花火をあげてくれます。この写真はブレブレだし、いまいち牛久大仏の大きさも伝わらないので残念なんですが、実はこの大仏全長なんと120メートル。顔の長さだけで20メートルあるそうです。小学校にあるプールくらいの大きさですね。ひとさしゆび一本ですら7メートルあるそうですので本当に巨大です。ちなみにニューヨークの自由の女神像が全長40メートルだということですので台座から比べると、大仏の膝あたりにすらとどかないんじゃないでしょうか。これで巨大さが伝わったでしょうか。
奉納花火が終わるとお経とともに大仏のライトアップショー(今年は節電モードだそうです)があり、そのあと打ち上げ花火があって、本当に日本の夏らしい夜になりました。それにしても日本は本当に細かいところまでサービスが行き届いているというかなんというか、ニッチな商品がいっぱいありますね。虫除けスプレーは効果抜群だし、ムヒだって塗った瞬間からかゆくなくなるし、キシリトール入りのウェットティッシュはほんとうに暑い夜は気持ちがいいし、メイクの上から拭けるさらさらパウダー入りのコットンシートなんていう優れものもあるし、毛先だけに動きをつけるスプレーや、前髪をふんわりさせるミスト、それぞれ微香性のものと無香性のものとちゃんとあるし、「しっとり」あるいは「さらさらに」させる髪の美容液だとか、2枚重ねのライナーシート(!)、などなど、本当にないものはないどころか、「こんなものあるんだ」と思うようなものばかりです。かなり感動です。この4ヶ月こうして最新の日本を満喫できて本当に良かった。完全に浦島太郎になるところでした。
