美術館な日常

SGL.jpg土曜日ということで、ちょっとした買い物を済ませておこうと思ってショッピングリストを作り、まずはPiazzale Appioという大きな広場にある小さなデパート、coinに行くことにしました。coinの3階にはネスプレッソコーナーがあります。去年、ひょんなことから私、かわいい小さい赤いネスプレッソマシーンをいただいたんですが、自分でコーヒーを飲む時は使わないものの(やっぱり自分のお気に入りのポットでコトコトやったほうが断然美味しいので)、ふと友達が来たりしたときに「コーヒーのむ?」とやるのに便利なので結構使っていたし、お掃除に来てくれるGなんかにも「いつでも勝手に飲んでね」と言うと飲んでくれて中の掃除もしてくれたりするので、結構な勢いでリフィルが必要になるんですね。ネスプレッソはネットで注文できるので、そういうのを使えばいいのに、と日本の方は思うでしょうが、イタリアでは、ネット注文は及び腰になります。果たして届くのか?と毎日ドキドキしたくないから。ということで、coinの開店10時とほぼ同時に行こうと思って車でびゅーんと行くと5分で到着したので自分でもびっくりしました。そして、そのPiazzale Appioという広場はローマ帝国の壁のすぐ外にあるんですけど、そこまでいくのに、ぐるりと回らなければ行けないのが写真のサン・ジョヴァンニ・ラテラーノ教会。巨大です。紀元前はラテラヌス家という一族の豪邸で、キリスト教のものになったのが紀元後の300年ちょっとくらいのころだったみたいですよ。あまりの歴史の古さに気が遠くなります。
SMM.jpgCoinのネスプレッソコーナーは開店同時なのに、すでに20人くらいが並んでいて、そっちでも気が遠くなりました。でもイタリアにしては意外にも4人の店員さんがサクサクさばいていて、約5分強で私の順番に。今回はたくさん買い込んでおこうと思ってDecaffein以外の種類を2カートンずつ大人買いしました。Lungoも結構好きなのでそれも。そしてアフリカのフェアトレードに寄付できるスペシャルエディションも。そして次に向かったのがカヴール通り(Via Cavour)にある韓国食料品店。ここは大人しくて美人な韓国人のおばさんがいつもレジをしていて、旦那さんらしき人がいつも後ろの方で力仕事をしていて、なんとなく微笑ましいところです。日本の食材もたくさん輸入してあって、かなり助かっています。でも商品のお値段は微笑ましくはありません。私は今回の4ヶ月の日本への大移動のために、日常の食材を人にあげたりしてしまっていたので、みりんやお酒、ごま油などの基本調味料がなかったのでそれを買いにきたのです。あと、ここには筒状のブリタのリフィルが安く売ってあるのでそれも。サンジョヴァンニからカヴール通りに向かうにはメルラーナ通り(Via Merulana)というまっすぐの道を通って、突き当たりのこの大きな教会、サンタ ・マリア・マッジョーレ教会(Basilica di Santa Maria Maggiore)を写真の右から反時計回りにぐるりと回る必要があります。この教会もはたまた巨大です。紀元後5世紀に建てられたということで歴史家の皆さんは納得しているみたいです。こうやって現代で見ても、5世紀に、日本が大和時代(古墳時代)だったころにこんなものを造っていたなんて、とさらに気が遠くなります。
Rome: Colosseo韓国食材店からカヴール通りを南下すると、フォリ・インペリアーリ通り(Via dei Fori Imperiali)に出ます。つまり帝国フォーラム通りですね。その名の通り、カヴールから左折すると後ろにはヴェネツィア広場(Piazza Venezia)、左後ろにはトラヤヌスの市場(Mercati di Traiano)、右側には初めて見ると確実に圧倒されてしまう、フォロ・ロマーノ(Foro Romano)、そして目の前に写真のこれ、コロッセオ(Il Colosseo)がどーんと現れます。カヴールもそうですが、インペリアーリも昔ながらの石畳の通りなので車がかなり痛みます。誰も気にしませんが。そして今度はこのコロッセオを時計回りに半周して、私は南のほうの自宅に帰るのです。以上、これが私の今朝の1時間半。歴史たっぷりの巨大美術館を回った気分になるけれど、何度も気が遠くなる気分を味わうのも事実です。
小さなやらなければいけないことやいろいろなことにかまけてゆっくり周りを見たりする時間がないような毎日ですが、こうして1時間半の間にゆっくり車の中から外を見てみると、それぞれのスポットで何千人、いや時には何万人の観光客が、イタリアの太陽と歴史を全身に浴びて楽しんでいます。私も買い物ばっかりしてないで、こういうものをもっと日常的に楽しめる余裕を持てるようになりたいな。

青すぎる空の下のセビリア

Seville前回のエントリーに書いた通り、週末はセビリアに遊びに行ってきました。前回行ったバルセロナや、首都のマドリッドとは全く違う文化を持つアンダルシアの都市です。ドンファン、カルメン、セビリアの理髪師、などいろいろなフィクションの舞台にもなっているのもすごく納得できる、独特なところでした。
まず、暑い。かなりドライな気候ですが、ヨーロッパの先進都市の中では1位2位を争う暑さだそうです。ちなみに写真は日曜日に行った、1929年のイベリアアメリカエクスポの会場にある噴水。空は青いし噴水には虹がかかっているしキレイでしたが、どこもかしこもジリジリと太陽が照りつけてきて、実際びっくりです。でも私が行った金曜日にはなぜかさわやかな秋風のようなものが吹いていてセビリアに住んでいる人々がびっくりしていました。土日は普通に暑くなりましたが。面白いのが、あまりにも西にある都市なので、暑さのピークが夕方5時なんです。12時くらいまでは朝のさわやかさがあって、昼を過ぎて急にどんどん暑くなり、5時6時に信じられない暑さになる、という感じ。でも木陰に入ると一気に涼しくなります。また、地面からの反射熱がすごいので、いかに日陰を町にたくさんつくるかということが大事みたいで、街角のビルとビルの間には布が張られていました。それが異常なほど涼しさを運んでくれるのもまた驚きです。
到着して友達のCのボーイフレンドのC(ややこしいので女の子の方をCl、男の子のほうをCrと書きますが、元素記号みたいになってきますね)が約束していたところまで迎えにきてくれて、そこは街のほぼ中心地だったんですが、そこから徒歩30秒くらいでClのアパートに到着しました。こんなショッピングストリートに住むとこなんてあるの?というようなところに突然ドアが出現し、そこの2階部分と3階部分がお家。3階はメインベッドルーム、バスルームと広いテラスになっていて、私には2階のサロンにある強烈に居心地の良いソファベッドが用意されていました。家につくとCrが冷たいお水を出してくれて、ベッドをつくってくれて、到着したばかりなのに家にいるようなくつろぎ気分に。でもすぐにClが仕事が終わって歩いて帰ってくるというので、中間地点で会おうということになって、テクテク街を案内してもらいながらキョロキョロして感激しながら歩いていると、Clが遠くからやってきているのが見えました。1年ちょっとぶりに会うのでつい興奮してきゃあああああといって抱き合い、すぐ横のバルへ。腰掛けるとすぐに注文を聞きにきてくれたバルマン君に、Clが、「私はクララ」といいます。何そのカワイイ名前のドリンクは!と思って聞くと、「セルベッサ・クララ」の略で、ビールの炭酸割りのことなんですね(セルベッサが「ビール」のスペイン語)。他にもレモネード割りの「クララ・コン・リモン」もあるということで、試してみたんですが、ただでさえ薄い地元のビールのCruzCampoが甘いレモネードでたっぷり薄まっていて、普通に強烈に美味しい。暑い都市ならではの飲み物ですね。私は実はアルコールがあまり得意ではなく、飲むのは好きだと思うんですが、1口飲んだだけで、酒豪のように全身真っ赤になるタイプなので、普段はあまり飲まないようにしているんですが、暑いのと、知らないところに来た興奮と、Clに久しぶりに会った嬉しさでたくさん飲んでしまいました。でも全然酔わないし、すごく美味しいのです。セビリアのCruzCampoすごくさわやかで美味しいです。
それから街をうろうろして、私は母にお土産をひとつ見つけて、それから姪のMにもカワイイものを見つけ、そのあと主人のAさんにもいい感じのものを見つけて1時間弱であっというまにショッピングを終えたので「なんて効率的!」とClとCrに大絶賛をいただきました。あとは自分のために観光に時間を使うのです。
夕方になってちょっと小腹が空いた私たちは、タパスバーに入ることにしたんですが、またクララをのみながらClが「スペインにはおいしいイベリコ豚のハムがあってね」とかなり小さな声で私に言ってくるのでなんだろうと思ったら、今思い出してもちょっと笑っちゃうんですが、イタリア人としてよその国のハムをほめるなんて、自分の国の、イタリアのハムを自慢に思っている愛国者に申し訳ない気分になってしまうみたいです。しかもClはセビリアに引っ越す前はパルマハムの誇りだけでなりたっているようなパルマに住んでいたのでその気分はなおさらでしょう。パルマにはパルミッジャーノもありますが。そしてそのタパスで出てきた小さなカナッペに淡いピンクのトマトのペースト(サルモレッホ、Salmorejo)が塗られ、薄いイベリコハム(Jamon Iberico、ハモンという地方のものが一番有名)が惜しみなく載せられています。そして一口食べてみて、絶句。激ウマです。イタリアの皆さんごめんなさい、私、イタリアのハムも好きですがこのハムのほうがあからさまに美味しいです。写真とってなくてごめんなさい。
そして夜は9時半に集合してClとCrの友人のドイツ人のTとその彼女のPと一緒に車に乗って、セビリアの隣町、「2人の姉妹」という名前の町に住んでいるスペイン人夫婦のLとPのところに行きました。Lがお誕生日ということでみんなでお祝いをすることになっていて、Clが、私が到着すると同時に「あなたにノーというオプションはないからね、あなたの席もお料理もなにもかも用意されているんだからね」と言われていたので遠慮なく参加しましたがすごく楽しかった。スペイン語とイタリア語はすごく似てるんですが、同じ言葉で全く違う意味の単語がわりとあるみたいで、その話で盛り上がりました。ちょっと下ネタで申し訳ないんですが、Clがスペインに初めて住むためにサンティアゴに行ったClは、今でこそスペイン語はネイティブ並みに流暢にできますが、その時はやっぱりたどたどしかったらしく、市場にいって、グリーンピースを買おうとして、ふと自分の家でお父さんが家庭菜園でつくっていた豆を見つけて、「ああ、この種類の豆、私の(家の)菜園にあるよ」とスペイン語で言おうとして、「菜園」や「畑」はイタリア語だとOrto(オルト)というので、同じだろうと思って使ったらしいんですね。そしたらあとで調べたらスペイン語ではオルトはお尻の穴だったそうです。「ああ、私のお尻の穴にこの種類の豆があるよ」と市場の人に言ってしまったんですね。かなり笑えます。
イタリアより食事の時間が遅いからね、と言われていたけれど、本当に遅くて、夜の10時半に始まったディナーはスペインならではのトルティージャ(具沢山のふわっふわのオムレツ)や、Lの旦那様のPが腕によりをかけてつくったスペイン北部の家庭料理(ミートパイ)までいただいて、みんなで飲んで、議論して(みんな英語ができるのでだいたい英語でしゃべってくれましたが、イタリア語、スペイン語も飛び交っていてすごいことになっていました)夜中の2時までわいわいと時間を忘れて楽しみました。帰ってからはどうやってベッドに入ったか覚えてないくらいヘトヘトになってました。
こんな感じのペースでセビリアを満喫したので週末はとにかく遊び通したという充実感でいっぱいです。ローマへ帰る飛行機が1時間半ほど遅れてしまったのでチャンピーノに駐車しておいた車で帰って(家までは20分くらいです)、家に到着してみて初めて、自分がいかに自分の年齢のことを忘れて若いときみたいに遊んでいたか思い知らされるほど全身がガクガクしてました。でも留守の間に来てくれていたGがベッドをふんわりにしておいてくれたので倒れるように眠ったら翌朝にはスッキリしましたけど。また小出しにしながらセビリアの思い出を書いてみたいと思います。

セビリアへ

WHOへの出張から帰ってきて、今日は朝から仕事をこなし、これからスペインはセビリアへ行ってきます。というのも仲良しのイタリア人の友達のCとそのボーイフレンドのCが大学院留学のためにセビリアに行ってからというもの、毎回連絡を取るたびに「次はセビリアで会おうね!」と言うのに、フットワークの重い私は全然セビリアへ行く計画を立てず、なんと2年が経過してしまったんです。このままだと賢いCはさっさとPh.D.を取ってしまってセビリアからいなくなっちゃうと思い、えいっと腰を上げて行くことにしました。
そして昨日Cから届いたメール(太字と下線は原文のままです):
「Masamiへ、
明日が全然待てない私は最終情報を送ります。
天気:セビリアは真夏です。予報によると週末はいい天気で、さわやかな朝と暑い午後になるみたいです。
空港からの交通:オプションは2つあります。
バス:出口の目の前に空港にひとつしかないバス停があります。バスは30分に1回。バスに乗ったら20分から30分くらいでセビリアの中心地に到着します。降りるのは最後のバス停のPrado。降りるところへC(彼)が迎えに行きます。
タクシー:だいたい20から25ユーロくらいかかります(空港からはフラットレート)。でも絶対25ユーロ以上になることはないのでだまされないでね。日本人に見えるから危ないよね。あ、日本人か。でも絶対乗る前に価格確認してね。そして「プラザアルファルファ」まで行って、と告げてください。C(彼)がその広場まで迎えに行けるはず。
結論:セビリアの空港に着いたらとにかくC(彼)にsms(番号はこれ:xxxxxxxxx)を送って、バスに乗るのかタクシーに乗るのか教えてね。もしバスに乗るなら、バスに乗ってからまたsmsを送ってください。
これでクリアーだよね?
ビッグハグ
Cより」
はい、クリスタルクリアーです。行って参ります。まずはチャンピーノまで運転しなきゃ。

Genevaと国境隣のFerneyより

Genevaジュネーブに出張で来たんですが、いつも泊まるホテルが満室だったので今回はジュネーヴの隣町、フェルネーという町のホテルにしました。ここはフランスです。実はジュネーヴ空港はスイスとフランスのほぼ国境上にあるので、この町はジュネーヴ中心地に行くよりも空港から近く、私が仕事で行くWHOの本部とも近いという意外(?)な事実があります。
ローマは真夏並みに暑いのにこのあたりは完璧に秋です。持ってきたお洋服で寒さをしのげるか心配になるくらい。町並みはちょっとした観光地(美しい山へのスキー客が来る冬はもちろん、湖が近いので夏の避暑地になったりもします)の雰囲気で、写真は私の泊まったホテルの窓から見える街角。フランスはパン屋さんがたくさんあって、しかもどのパン屋さんもすごく美味しいので嬉しくなりますね。
今日から3日間ちょっと根を詰めて仕事頑張ってきます。

We’re no angels

were_no_angels.jpgWe’re no angels (1989), (B+)
こんな名作におこがましくもB評価すみません。DVD借りて観ました。ショーンペンのやんちゃぶりが青くて懐かしい感じがしました。ロバートデニーロはすごくいいのにやっぱりショーンペンが全体的にかなり微妙に見えてしまうのは、頑張りすぎてるように感じるからかもしれません。日本人って、頑張りすぎる人はあんまり評価しないところがあるような気がするので、私もそんな感じなのかもしれません。すっごい上から目線ですが。まあ素人の映画の感想なんてこんなものでしょう。そうだ、これって逃げ出す理由になる張本人の罪人がめちゃくちゃ怖くてなんだかカッコいいです。
それにしても宗教のことを考えるといつも北野武原作の「教祖誕生」のことを考えてしまうんですが、ちょっと似てるところはあります。この映画もコメディ的な要素がたくさんあるわけではないけれど、要所要所で、ここで笑わせるの?と思うようなコメディシーンがあります。最後のショーンペンの「ブラウン牧師」の説教のところは私にとっては、感動ポイントでもあり爆笑ポイントでもあった(こっちのほうが大きい)気がしました。「そんなときポケットの中には何がある?」えーっと…銃?(大笑い)という感じ。
それでもすべての「奇跡」が実は奇跡ではなくて人工の偶然のようなもので、「ブラウン牧師」が言うように「すべてのことは頭の中で起こっている」というところで深く納得させられます。私は人生の中でまだ幸運なことに「絶望」を感じたことはなく、この年になっても近い人の死に直接面したことも非常に少なく、家族が不治の病だとか何かが不自由であるとかそういったことがないので、えらそうに「つらいこと」について話す権利はあんまりないんですけれど、それでもやっぱり日々楽しいことや嬉しいことがあるかわりに物事の大小はあれ、それなりに「つらいこと」というのもあるわけで、それが雪だるま式にどんどんふくらむこともあればさーっと解けてしまうこともあるわけです。そしてそのほとんどは人々の頭の中だけで起こっているということに納得してしまいます。誰か家族や友人が「大丈夫だよ」と言って肩をたたいてくれるだけで解けることもあるし、一人で引きこもってしまって手に負えない大きさの雪だるまになってしまうこともあるでしょう。
前にみてもらったことのあるアメリカのお医者さんが、「私東洋医学にもとても興味があるの」といって、以前に読んだという「身体の不具合は精神で治せ、精神の不具合は身体で治せ」という教えは正しいと思うと言っていたんですが、時々これは本質的なことだなと思うことがあります。精神的に不安定なときは何も考えずに運動したり走ったりして汗を流すと、何故かすーっと不安がなくなってしまうことがあるからです。どこかがすごく痛いとか、そういった身体の不具合はそれは西洋医学で治した方がいいですけれど、それにプラスしたメディテーション的な要素は割と大事な気がします。生活を規則正しくしたりすることでなくなる頭痛や、部屋を片付けることでなくなる疲労ってあると思うから。
そんなことを超脱線しながら考えて見た映画でしたが、最後はやっぱりきっちり捕まってほしかったというのと、ショーンペンが微妙だったという理由でB+です。デミムーアはキレイでした。