週末に、私の住むエリア、ガルバテッラの一画に「日本庭園ができた!」という話を聞いて、いったいどういう感じなのかなと思っていたんですが、かわいらしい、そしてある意味イタリアらしい石庭が完成していました。ここは都市型農業とでもいいましょうか、コミュニティー菜園がつくられているところで、そんな一部にこうして石庭を造ろうと思った人がいるなんて、と思ってちょっとびっくりしましたが、なんだか微笑ましくて良かったです。
何に関してでも、思い立って行動して実現するということは難しいことだと思うので、こうして地域でまとまって、そして何かを信じて頑張る人々を見て、イタリアの底力を見た気がしました。
そして私も菜園にサインアップしてきましたよ。日本からネギやシソなどの種を買って持ってきたので冬が始まる前になんとか植えたいと思います。私のバルコニーガーデンも今は暖かさが戻ってきたのでなぜだか花盛りです。昔は植物は数日で殺して来たプロフェッショナルキラーの私でしたが、こうして植物と共に生きることを覚えて行くのねと感激し、水やりをしながら近所の教会から聞こえてくる鐘の音に異常なほど癒される毎日です。
3年目のペン
最近2012年のアジェンダのリフィルを購入してから、ふと自分の真っ赤で大きくて結構重いプランナーを使い始めてから2012年で8年目になることに気づきました。リフィルは結構高いんですけど、かなり使いやすいのでがんがん使っています。リフィルの側面が金色になってからは、高級感すらあって満足。そして、こんなに長く使うことになったこのプランナーが2年目だったときにこうしてウェブに書いておいてよかったなと今思ったので、今日は私のお気に入りの万年筆を紹介しておこうと思います。
これは実は奮発してバンコクのパラゴンというデパートで厳選して選んだモデルで、私は金色の金属部分、主人のAさんには銀色の金属部分を選んで、それぞれマッチングする色で名前を彫ってもらったんですね。モンブランだとインクも高品質で、きっとこれからもずっと生産されるだろうという安心感があったのと、タイ人の素敵な担当者が、ペン先もかなり相談に乗ってくれて必死で探してくれたので、絶大なる信頼を寄せて買うことにしたのでした。
買ってすぐはいろいろなところに持って行って使っていたんですが、あるところで気軽に「そのペンかして」と知らない人に言われて、Noと言えない日本人な私は、えっと思いながらもイヤイヤこれを貸してしまい、ペン先をぐっと太くされてしまったちょっと悲しい出来事があったので(そのあとモンブランの店舗でペン先を少し閉めてもらって元通りになりました)今は、家でお手紙を書いたり、大事な書類にサインをするときに使ったりするようにして大事にしています。Aさんは「もったいなくてつかえないよ」と言っていますが、もうすこしおじさんになって貫禄が出たら使うことも多くなってくるんじゃないかと思います。今年で3年目になる万年筆なのですが、万年とはいかなくともこれから20年、30年と使えますように。
ミラコスタより
「また?」と怒られそうですが、先週は一週間、日本に帰っていました。一番のハイライトは、日曜日にAさんと某コンサートに行ってきたことなんですが、そのあと、姉夫婦に突然嬉しいお誘いを受けて、東京ディズニーシーのミラコスタにお泊まりしてきました。お部屋はご覧の通りパレードの見えるお部屋ですごく楽しかった。シーに入らずして楽しみまくり。真ん中はプリンセスオーロラさんです。かわいすぎる。
翌日はディズニーランドに入って、Aさんの念願だったスペースマウンテンに乗ってキャーキャー言ってきました。真っ暗具合がすごく良くなっていて、満天の星空もすごくキレイで、楽しかった。ファーストパスいいですね。待ち時間実質10分くらいでした。カリブの海賊も相変わらず楽しかった。
この前も行ったばっかりのTDRですが、姪がダッフィーを異常にほしがったので、今度行ったら彼女のために、是非買ってこようとおもいます。抱きダッフィー&抱きシェリーメイ。それにしてもみんな持ってますよね。私もポシェット持ってます。何がいったいそこまでの魅力なんでしょうか。面白いですね。
さて今はすでにローマに帰ってきています。昨日の夜はすごく寒くてびっくりしました。夜中に起きて、しまい込んでいたブランケットを出したくらい冷えてます。今日はコートにタイツにブーツで出かけたんですが、大げさかなと思ったらみんなダウンジャケットとか着てました。急に冷えるのはちょっと体にキツいですね。でも体調に気をつけていきたいと思います。ここをご覧のみなさんも、季節の変わり目、ご自愛くださいね。
Hereafter
Hereafter (2010), (A-)
AさんがApple TVでレンタルしてくれたので観たんですが、クリントイーストウッドさすがですね。これは初めの方があまりにタイムリーでリアルな津波の映像だったので日本では自粛という形だったと思うんですが、本当にリアルで映像をみているだけで泣きそうになったまま、全てのストーリーがだんだんつながりそうになってくるところでドッときました。
私はサイキックというのは良く分かりませんが、「臨死体験」をしたひと(そして同じ文化を共有する)誰もが同じ話をするっていうところがすごいなと思っていたので(三途の川など)、ふーん、まあそういう考え方もあるのかなと思いましたが、それよりなにより、大事なポイントはその話が本当かどうかとかそういうことではなくて、もっと基本的な部分で、「身近な人を本当に大事に思う」ということはどういうことなのかとか(マットデーモンのお兄さん役の人は上手にそうでないことを演じていましたね)そういうことをずっと考えました。マーカス君かわいそうでしたが、これから大丈夫かなと思わせられたので安心しました。
トレイラーどうぞ。
ヒターノたちのフラメンコ
セビリアはスペイン南部のアンダルシア県にある比較的大きな都市なわけですが、アンダルシアといえばフラメンコの本場です。フラメンコといえば今でこそ華麗な衣装と情熱のダンスとして世界中で有名ですが、実際に本場でフラメンコを見ると、その歴史のことを考えずにはいられず、フラメンコというものを、今までの認識とは違うように考えるようになります。それにしても、友達のClの家についてお土産をあげたりしていたときに、「私もあなたにふたつプレゼントがあるの、ひとつはそんなにエキサイティングではないもの、もうひとつは多分ちょっとだけエキサイティングなもの」と言って、まず、私の仕事にも関係する彼女の論文をひとつ(掲載おめでとう!)、そしてフラメンコのチケットを2枚、彼女と一緒に観に行くようにくれたのでした。こういう感激的なプレゼントの仕方にとても感銘を受けたので、私もこれからこういう喜びを友達や家族に与えられるようにしたいと心から思いました。ひとつ学んだ気分。
そしてこの写真が、Clと一緒に行ったそのフラメンコのショウ。あまり写りが良くなくて申し訳ないのですが、セビリアのカルチャーセンターのようなところで中庭(クロイスター、回廊)の上部に布を張り、ステージをつくってショウができるようにしてあります。中心の踊り子の女性は多分40代後半で、Clいわく、上質のフラメンコを観に行くと、必ず彼女くらいの年齢か、さらに年上の鍛え上げた体の女性が踊ることが多いそうです。つまり、踊り子たちは小さいときから踊りを学ぶものの、その踊りが本物になるにはかなりの年月がかかるということ。そして彼女たちは、スペインジプシー、つまりヒターノたちです。フラメンコはその血に入っているのです。
イベリア半島(スペインとポルトガル)はその昔、もちろんローマ帝国の支配下にあって貿易の中心となったこともあってたくさんの人種が入り交じる場所となり、さらにそのあとイスラム帝国支配となったこともあってイスラム系の人種も大群で中東やアフリカから移住してきたわけですが、そのあと歴史が知る通り、キリスト教諸国の征服によって今のスペインの基礎が造られたわけですね。ヒターノたちはこの頃のイスラム系の子孫がキリスト教からの追放令に追われてジプシーとなって住むところを転々とした人々なわけです(ほとんどのヒターノの先祖はキリスト教に改宗しています、多分無理矢理。)。今もヒターノたちはヒターノとしてのコミュニティに住んではいるものの、イタリアや他のヨーロッパの都市にいるジプシーとは違って、一般の人と同じように普通のアパートに住んで、貧乏な人もいればお金持ちの人もいて、というような生活を送っています。そんな人々が踊るのがフラメンコ。厳しい環境の中、貧乏になって差別的な扱いを受けないためや、生活のため、プライドを少し曲げて観光客の前でプロフェッショナルすぎる踊りを踊るこのスペインジプシーたちは、そのあたりの普通のセビリア人も全くかなわないほど強い情熱と精神力を持っているといいます。そんなことを考えながら彼女たちの強いパッションと、思い詰めたような表情に代表される悲劇的な思いの詰まった激しい踊りを見ていると、こちらも思わず息を詰めて見守ってしまいます。激しい動作のあとの「オレーイ」の官能的なかけ声にドキっとしながら、こんな踊り、生温い平和な環境で育った私のような人間に踊れるとは到底思えない、と思ってしまうのです。
