プーケットでの休暇

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Full album is available at Phuket Oct 2020 | Flickr

10月の初頭に休暇をとって、プーケットに行ってきました。海外出張が次々とキャンセルになっていった2月の末から、職場でも国境を越えて休暇を取ることをみんなが躊躇し始め、タイの政府が全てのタイ入国者は例外なく、指定の隔離施設にて2週間の強制隔離を行う、と決めてからは誰も気軽に国境を越えることができなくなってしまったんですね。休暇で一度国外に出たら、帰ってきた時の2週間の隔離の費用(最低でも30万円と言われています)は自己負担になってしまうし、行く国によっては再入国のビザの許可に長い時間がかかってしまうこともあるんですね。日本は比較的大丈夫だったんですが、それでも、そもそも飛行機での国外への移動そのものにリスクがあると言えるし、到着した日本で自主隔離を2週間しなければならない(その間なるべく人には会いたくない)し、その後休暇をとって、それからタイに戻って強制隔離施設に30万円以上かけて2週間のテレワークをし、と考えると、やっぱりちょっと国外に出るのはやめておこうか、ということになるわけです。私も同じで3月にブータンに行ったのを最後に国外には出ておらず、一人で暮らしている状況もあって、休暇を取るという雰囲気でもタイミングでもなかったのでそのまま10月まで全く有給を使わずに過ごしていました。そしてふと気づいて自分の有給の日数を見てみたら、去年そんなに有給を使わなかったこともあって合計が驚くべき数字になっていました。これは消化しなければ失ってしまう!という状況になったので慌てて国内で休暇を取ろうという気持ちになって、行ってきたのがプーケットというわけです。

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Camino Island(グレート・ギャッツビーを追え)

Camino Island (2017, John Grisham):英語でペーパーバックで読みました。実際に読んだのは2年ほど前なのですが、つい数週間前にAさんが興奮気味に「グリシャムのギャッツビーが村上春樹氏で出たらしいよ」と、初聞では全く意味不明のことを言うので、ぽかんとしてしまったんですが、妻として言葉足らずの彼の言葉を補うとすると、「(あなたの好きな作家であるジョン)グリシャム(が書いた小説)の(ザ・グレート)ギャッツビーが(テーマになっている推理小説を)村上春樹氏(が日本語訳をしたものが、最近日本)で出たらしいよ」と言う意味だったんですね。そう聞いて、おお、と、2年前に読んだこのカミーノアイランドのすごくよくできたプロットを思い出したので、そういえば面白かったな、いろんな有名な作家の話も出てきて、魅力的な登場人物がいっぱい出てきて、作家の世界ってこうなのかな、とふと思ったな、と色々考えたので今週再読しました。村上春樹さんの邦訳は「グレート・ギャッツビーを追え」と言うなんだかハードボイルドなんだか子供っぽいんだかわからないようなタイトルになってましたが、これはギャッツビーと春樹氏のコンビネーションがグリシャム読者層ではない人を捉えるかもしれない、と言う出版社の思惑が見え隠れするので、村上氏のつけた邦訳、と言うわけでもなさそうなんですけど本当のところはどうなんだろう。

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ザ・万歩計

ザ・万歩計(2008、万城目学):図書館で借りて読みました。万城目氏は出身が大阪で、夫の実家の近くの話が著書にちょくちょく出てくるので勝手に親近感を持っているんですけど、特に実家が近いとかではないらしく、今回このエッセイで初めて知ったんですが、「ミナミ」な方なんですね。夫の実家は完全に「キタ」の人々です。大阪つながりだからかどうかは知らないんですが、夫がかなりのレベルで万城目氏の本を読んでいて、数冊、家の本棚にあるので、帰国した時に本棚の変化をくまなくチェックする私としては、自動的に全部読んでしまう、という読書傾向にあります。奇想天外ファンタジーな方ですよね。でもエッセイは今回初めて読みました。

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いつ終わるのか、というお話

とある理由があって私はこのブログでは、なるべく時事的なことを扱わないようにしているのですが、先週、職場で仲良くしている人々とランチ中にこの「いつ終わるのか」問題について科学的根拠なく自由に話し合ったのが楽しかったので書き留めておきたくなりました。もちろん、現在進行形のこのいわゆるパンデミックな状況が、ということです。

まず最初に、国際機関で数々の交渉や会議、委員会をまとめてきた皆様に「あるある」なことなんですが、みんな大好き「定義」のお話から始まりました。つまり「終わる」とはどういうことを指すのか、ということです。面白いことに、みんなが「いつ終わるんだろう」と言っているそれは、決してSARS-CoV-2というウィルスの絶対数が減ることや、それに感染して(COVID-19にかかって)病気になる人の数が減る(いなくなる)ことや、そのせいで亡くなる方が減る(いなくなる)ことそのものがメインではないということがわかりました。私たちが終わって欲しいと願っているその先にあるものは、私たちの中にある漠然とした恐怖が減って「大衆のマスク姿」が2019年レベルになることであり、自由に何時でも外を出歩けることであり、楽しく友人と集まって会食ができることであり、2019年のレベルで飛行機に乗って海外に行けることであり、公衆で咳がしたくなっても申し訳ない気持ちが2019年のレベルに戻ってくれることであるわけですね。

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ひとかげ

ひとかげ(2013、よしもとばなな):図書館で借りて読みました。たまたま今、電子書籍で読んでいるのがよしもとばななさんの本だったのでちょっと気になって手に取った感じです。実はオリジナルの「とかげ」も読んだことがなく、巻末にちゃんと収録されているのがとてもありがたかったです。そしてどっちから読むか、うんうん唸って5分くらい考えた挙句、著者がこの順番で載せているので「ひとかげ」から読むのが正解だろうと考えてページを開いたのでした。よしもとばななさんは実はイタリアでの評判がすごく良く、私の友人の数人を挙げただけでみんなしっかり知っているだけではなく私よりもずっと深く読んでいて、何がイタリア人の心を掴むのかなぁとぼんやり思っていました。私にとってみると、よしもとばななさんの本に出てくる数々の登場人物の「不幸度」のようなものがだいたい激しくぶっ飛んでいることから、私のように穏やかに幸せに甘やかされて生きてきた身には、自分と比べるどころか、想像すらできない状況にあって、そういう登場人物を描くタッチが「冷たい」とすら考えていたんですね。あのクールな感じはイタリア人の熱いハートに何か来るものがあるのかもしれません。

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