恍惚の人

img_1198132_34943323_1.jpeg恍惚の人 (1973), (A)
先日、熊本の実家で母と夜更かししながらおしゃべりしていた時に、NHKのBSプレミアムの「山田洋次監督が選んだ 日本の名作100本家族編」という番組で放映されていたのがこの映画です。私の生まれた年の公開ですので当然白黒の映画ですが、重いのに軽い、軽いのに重いという何とも言えない映画でした。心にすごく残りました。当時流行語ともなったというこの「恍惚の人」、母が森繁久彌の姿を見てすぐに、「これ、『恍惚の人』じゃない?」と言ったくらいなのでかなりの話題作だったんだと思います。というのも、母は映画は好きなんですが、暗いところに行くとスヤスヤしてしまうタイプなので、1シーンを見てすぐタイトルが分かるのはすごいことなんです。その森繁久彌、解説を聞いて初めて知ったんですが、この84歳を演じた時は59歳だったらしいですよ。途中に白黒映画だからこそのシーンである、泰山木の美しい白い花をじっと見るシーンがあるんですが、そのときの表情を見ていて何とも言えない気持ちと記憶といろいろなものが混ざってこみ上げてきて苦しい気持ちになりました。
そしてなにより印象的なのがこの高峰秀子さんの美しさ。今の芸能界ではハーフのモデルさんや、日本人離れしたしっかりした目鼻立ちの美人さんが人気で、確かにみなさんものすごくカワイイなと思うのですが、この高峰秀子さんのように、日本的でかつ、類い稀な美人というのは最近はあまり出てこないなぁと思います。道子妃殿下を見てもいつもそういうふうに思います。お若い頃もそうでしたが、今も、美しく凛としていらっしゃる姿を見るとため息が出ます。この映画の最後のシーンで、高峰さんが鳥かごをじっと見つめながら「もしもし…」とつぶやくところがあるのですが、監督はこの高峰さんの美しさをこういうふうに撮影したい、そしてラストシーンにしたい、と強く思ったんだろうなぁと思ってしまいました。本当に美しいです。
そして主題ですが、老いと認知症と介護のお話です。原作の有吉佐和子さんによるとそれまではまるでタブーのようになっていて触れてはいけないような雰囲気があったのと、文壇で扱うにはあまりにも俗っぽい話題だったりして、ベストセラーとしての評価は得ても、作家としての評価は高くなかったそうです。『日本外史』の中で三好長慶のことを「老いて病み恍惚として人を知らず」と言ったというところからとったという、この原作のタイトルがすばらしいですよね。
母に聞いてみると、この映画は、母の友人が語るいろいろな認知症の方の症状をそのままよくとらえていて、ひとつひとつの奇行が、本当によくあることで(おなかがすいたと常に訴える、電話のベルに強烈に反応する、家を訪れる人を賊だと勘違いする、どこでも眠る、閉じこもる、排泄物に関する奇行などなど)、映画でそれらを、決して大げさに見せるでもなく、解決法を見せるでもなく、重すぎず、軽すぎず、丁寧に描いてあるのが本当に現実的でハっとさせられました。実の息子や娘(小姑)の態度や、若い受験生の息子が意外にもしっかり手伝ってくれているという事実など、いろいろな部分がリアルで本当に考えさせられました。ちょっと自分で面白かったのが、私の場合、映画を見ながら高峰さん(介護する側)に感情移入したのではなく、思いっきり森繁久彌さん(介護される側)に感情移入していることに気づいたんです。
映画では当然当時は「認知症」という名前ではなく「老人性痴呆」というふうに表現されていましたが、昔はこうなってしまった老人はちょっとした精神障害があるとされて家に閉じ込められていたことも少なくなかったとか。長慶もきっとアルツハイマーのような状態だったんでしょうか。介護、介護というけれど、難しい問題ですね。あくまでも「理想」としては、私は家族が家族のことを思いやって必要なことはしてあげる、してもらう、そして心の底から感謝しあう、介護してもらう方はお礼ができるならする、介護してあげるほうはしてあげるのが当たり前だと思う、見返りは求めない、というような基本的なことが家族の中にあって、その上で介護に関する社会的な援助システムを利用する、というのがベストだとは納得するんですが、こういったことはそれなりの経済力や時間的な余裕、それまでの人間関係や地理的な状況などが複雑に絡み合っているので、理想をそのままいつでも誰でも実行できるわけではないですよね。
だからやっぱり、もし私が将来認知症になったりしたことを考えると、私は家族に優しくしよう、今私ができることをして、私の身の回りの人に少しでも助けになることをしよう、どんなに気の合わない身内がいたとしても、なるべく理解をするように心がけよう、そして今のうちから、将来経済的に困らないようにちゃんと計画しておこう、などなどいろいろと先回りして考えてしまいますね。考え過ぎなのかもしれませんが。
そういうわけで若い頃の森繁久彌さん、私がよくテレビで見ていた90歳前後の森繁さんよりずっとおじいちゃんらしくて、それを見るだけでもこの映画を観る価値があると思います。そして美しい美しい高峰秀子さん。それに尽きます。

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