ゼロ・トラランスの落とし穴

非常に無責任なことをこれから書きますが、最近考えていることです。まだ結論はでていないので、「無責任」なわけですが、考えることは大事なことのはずなので、ちょっと書いてみます。
といってもトピックは非常に単純で、BSEに関する日本政府へのアメリカの牛肉輸入をうながすプレッシャーと、それに対する日本国民の反応についてなんですけど。私はアメリカに10年近く住んでいたし、ちょうど自分のキャリアの大事な部分が育つ時期にアメリカにいたので、考え方や表現の仕方だけでなく、さまざまなトピックに関して「アメリカ寄り」の意見になっているのかもしれません。でも、それでも私は日本人だし、日本に不利なことは絶対に起こってほしくないと思っているので、アメリカの回し者というわけでもなんでもないんです。
まず一見関係ない話ですが、数年前、アメリカのFDA(Food and Drug Administration、食品や薬品に関するポリシー、規制などを決める機関)は、食中毒の原因の微生物のひとつ、リステリア菌という菌に関する法律の中にあった、
「食品販売店で、リステリア菌が1細胞でも見つかった場合はその食品を全て廃棄し、その店舗に営業再開許可が出るまで一時的に閉鎖させる」
という規律(通称でリステリアのゼロトラランス法と言われました)を「なくす」ことで合意しました。「え?なんで?」と思う人も多いでしょう。


リステリア菌は健康な大人や健康な子供だったら、特にこれといった症状も出ないままに無事に終わることが多いし、なんと、感染しても自分が気づく事すらないのが一般的です。が、妊娠中の女性にはひどい作用をあらわします。一番多いのは死産。そして未熟児。ときには母親にも致命的な病気にまで発展することもあります。また、免疫の発展途中である赤ちゃんや、免疫低下中の老人、同じ理由でエイズ患者やキモセラピーを受けているガン患者、糖尿病患者などにも、リステリアはとても危ないとされています。それが分かったときに、アメリカは上のような法律を作ったんですが、科学が発展してそのリステリアの危険性もさらに分かってきたのに、なぜ最近になってその法律をとりさげることにしたか。
それは、リアリティ(現実性)のほうが大事だと思ったからなんです。分かりやすいたとえでいえば、そうですね、たとえば、あなたが今日からデリショップ(パンやサンドイッチ、ポテトサラダやサーモンサラダ、ハム、チーズなどを売るお店)を開店することになったとするでしょう。
リステリア菌は結構どこにでもいるのですが、アメリカで一番よく見つかるのがこういったデリショップのポテトサラダの中です。当然、日本のコンビニのサラダサンドイッチやマカロニサラダなどにもいるでしょう。リステリアは高温には弱いんですが、低温にかなり強いので、冷凍しない限り、冷蔵だけでは死なないし増殖すらすると言われています。ですから、マカロニサラダなんて、再加熱することは絶対にないし、マヨネーズの卵のたんぱく質で栄養たっぷり(リステリア菌にとって)だし、最高の温床といっても良いのです。
ですから、もしあなたがデリショップを開くとして、あなたのデリショップが開店たった1日で、リステリア菌を保持する可能性はどれくらいだと思いますか?私が思うに、1細胞でもカウントするとするならば、その可能性は実は100%なのです。つまり、「絶対に」「確実に」あなたのお店のどこかにリステリア菌は少なくとも1細胞は存在する、ということになります。
それなのに、「リステリア菌が1細胞でも見つかったら営業停止」という法律があったらどうしますか?私が考えるに、

  1. 毎日営業停止(ありえない)。
  2. もうデリショップはやらない(ありえない)。
  3. タンパク質入りの食品は売らない(ありえないし、それで防げるかどうかも謎)。
  4. 全部加熱処理する(マカロニサラダを?ハムサンドイッチを?ヨーグルトサラダを?ありえない)。
  5. リステリア菌が出てもひた隠しにする。

というオプションが考えられます。つまり、何がいいたいかというと、「ゼロ・トラランス(ひとつでも許容しない)」というポリシーは、何を導くかというと、「ひた隠しにする」という結論しか導かないということです。それで、「細胞の数がXX以下であれば良い」というグレイゾーンを作ることによって、その「より現実的な」数値に対してお店が努力する、という形をとったほうが、逆に、消費者にとって安全だ、という結論に至ったわけです。
前ふりが長くて失礼しましたが、それで本筋の、BSEに関する件についてですが、アメリカ牛の輸入をとめてさえいれば、BSEが防げるわけではないのは日本国民バカじゃないんだからみんな知ってるはず。それなのに、それにばっかり必死になって「ゼロ・トラランス」だ、アメリカは信用おけない、なんて騒いでいると、結局本質を見失うんじゃないか、と、ふとそう思ったんです。
ただそれだけのことなんですけどね。輸入を再開しろといっているわけではないんです。もちろん、防止策のひとつとして、BSEが見つかった国からの輸入をとめる、というのはある意味原始的で即効性のある防止方法のひとつなのかもしれません。でも、ゼロ・トラランスのような理想論だけじゃなく、もうちょっと現実的に、心理学的に、上手にBSEを防ぐ手段をもっと落ちついて科学者と消費者と政府が一丸となって考える時期なんじゃないかなーと思ったわけです。

Post-Script:

ゼロ・トラランス(Zero Tolerance)とは直訳で「許容度ゼロ」。つまり、なにひとつ許容しない、という意味です。日本語だとゼロトレランスと言われることもありますが、それは英語のすんごい「ローマ字読み」です。”ler”が「ラー」なのは誰でも分かるのに、どうしてこれを「レ」といってしまうのか。しかも、実は発音通りに書くと「トーラレァンス」という感じになるので、そのローマ字読みの「トレランス」が通じる分けない!と思ってしまうんですがいかがでしょうか。ちなみに私の知ってる人(Fさーん、あなたですよー)で”Conference”のことを「コンフェレンス」って言っちゃう人がいるんですが、似たような焦燥感を感じちゃいます。”Con”は「カン」、”fer”は「ファー」だし、辞書の発音記号通りだと「カンファラェンス」が一番近いんですよーもう。日本語だって「カンファレンス」のはず。お互い様ですけど、滞米生活長いんですから、お願いしますよもう。

4 Replies to “ゼロ・トラランスの落とし穴”

  1. エントリとは関係ないのですが、Flickrからメールが来ましたよ!良く分かりませんが、どうもありがとうございます!

  2. ナベショウさん:お礼を言っていただくというよりは、勝手にコンタクトの中に入れてしまってすみませんってご挨拶するべきだったんでしょうけれど、ナベショウさんの写真愉しみにしてます。意外にいっぱいアップロードされていたので結構チェックしちゃいました。これからもどうぞよろしくお願いします。

  3. そうですよねー。米国から輸入を止めても米国にはたくさんの人が旅行にいくし、米国から肥料飼料は世界中に輸出されているし。根本から正さないと大変なことになると思いました。

  4. 同意同意さん:そうですね。でも「根本から正す」ってどういうことなんでしょうね。私は消費者が、「何でもリスクは0ではない」ということを理解するところから始めるべきなんかじゃないかなーとぼんやり考えています。

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