Whidbey Island 週末旅行 (1)

今週はSpring Breakということもあって日曜日から火曜日まで、私のボスであるValとその旦那様のJoeの住むWhidbey Islandまで小旅行へ行ってきました。大学はお休みですが、実は私は本当はお休みではないんですよね。でも、Valの家で多少は論文やプロジェクトについて話し合う、ということで仕事も兼ねましょう、という言い訳付きで思い切って出かけました。でも実際は私の母をもういちど、ValとJoeに会わせたい、というのが一番の目的。写真は一部しか写っていませんが、ワシントン州の北西からWhidbey Islandへ渡るための美しい橋、Deception Passです。どこだろう?行ってみたい!という方は是非ここのインタラクティブ地図を見て訪れてみてください。場所としては、この地図で左上のほうのMount VernonというところからAnacortesのあるFedalgo Islandへ向かい、そしてAnacortesまでは行かずに南下し、Oak Harborという町のあるWhidbey Islandという島へ北の方から渡る橋がDeception Passです。この島の南とはフェリーで行き来するしか道はありません。ちなみにValの住むのはCoupevilleというOak Harborのやや南にある小さな町。


そしてこちらが、ちょっとした丘の上にあるValとJoeの家の前でにっこりするAさんとうちの母です。クリックすると大きくなりますが、相変わらず個人写真なのでパスワードかけています。うちの母の旧姓か、Aさんのお母様の旧姓のどちらかをローマ字で、nameとpasswordに同じように入れると見ることができます。家は道から見て裏側(この写真で見えている方)に玄関がありますが、なんといっても素晴らしいのは逆の方角に見える風景。
家に入ってすぐ右手にリビングルームがあるのですが、こうして逆側の壁は全て窓になっているのです。そして見えるのは広大な平野。この、Whidbey IslandのCoupevilleという町は自然に平野(プレイリー)が出来た珍しいエリアで、昔からNative Americans(いわゆるインディアンと呼ばれる人々)がCamasと呼ばれる実を栽培しては、ここに採取に来ていたということです。ですが、1800年代後半から1900年初期に言うところの”White People”がやってきてこの辺り全体を支配しました。この町には、Block Houseと呼ばれる、見張り専用(そしてインディアンと戦うため)の家が未だに残されていて、保存されています。インディアンの居住地を奪った罪を、アメリカ人はとても反省し、後悔していますが、今のアメリカ人に責任を問うても仕方の無い事。豊臣秀吉が韓国を侵略したからって、その歴史から学ぶ事はできても、私にはその直接の責任をとることはできないのと同じです。
そんな景色をリビングルームから望んだ写真がこちら。平野は実はこの写真よりもちょっと左側の方に広がっていることになります。こうしてJoeが最新式の望遠鏡を窓辺に置いて、遠く見える太平洋からシアトルまで入ってくるフェリーやタンカーなどを見て楽しむのだそうです。鳥もさまざまな種類をウォッチングできるとか。私のウェブを昔から見てくださっている方はご存知でしょうが、ValとJoeはPullmanに住んでいた頃からずっとバードウォッチングが趣味です。私がホームステイさせていただいていた時も、ValとJoeが留守のときに早朝からせっせと野鳥のエサを外に置きにいったり、水を補給したりと、結構大変だったことを思い出します。
もうちょっと近寄ってみると、お隣の酪農農家の牛さんたちが見えるでしょう。この3月は牛にもたくさん子供が生まれ、いろんな酪農農家で子牛をたくさん見かけたのですが、牛の子供って、実は馬の子供や羊の子供なんかよりずっとずっとカワイイです。目がまんまるで、線が細くて、何にでも興味を持って、すぐコロっとコケたりして、見ていて飽きません。残念ながらこのお隣さんのところには子牛はいないようでしたが。でもよーく写真を見ると(クリックして大きくして)、野鳥もちらほら写っています。こんなのどかなところで引退生活を送るValとJoeのことを、私も私の母もしみじみとうらやましく思いました。
Whidbey Island 週末旅行 (2)」に続きます。
Whidbey Island 週末旅行 (1)・(2)(3)(4)

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