アンダーグラウンドツアー(シアトル)

8月23日のことを後日書いています。
9時頃にモーテルをチェックアウトして、すぐにシアトルのダウンタウンに向かいました。私とAはこの日にプルマンに帰ることにしていたので、残ってしまうNくんとTくんにユースホステルをとってあげるため。ダウンタウンのUnion Streetにそれはあるのですが、ウォーターフロントまでいってもその姿(レンガづくりらしい)は見当たらない。ストリートのつきあたりに15分パーキングがあったので、そこで車をとめると、サイドウォーク沿いに下に降りる階段があって、そのすぐ下にもUnion Streetはつながっているのでした。ユースホステルもすぐにみつかりました。


そこは私の中のユースホステルのイメージとは随分違う、セキュリティー完備のキレイなところでしたが、あいにくすぐには部屋が空くかどうかが分からず、とりあえずWating List名前をのせて1時にまた来るように、と言われてしまいました。フロントのお兄さんもお姉さんもこぎれいな人々で、またまた私のユースのイメージは変わってしまいました。みなさん、シアトルのユースはキレイですよ!
そこで、私たちは空港にむかいました。というのも、Nくんの荷物が信じられない量になってきたので、とりあえず空港にあずけよう、ということになったのです。「スノボなんか買うからだよ」とみんなにからかわれながら、Nくんは荷物をあずけました。Sea-Tacの1階にある、Ken’s Strageというところです。一日一つの荷物につき5ドルくらいらしい。それから、私たちはお腹がすいて、またの、TacoBellに行きました。ひとえに、私とAが$10,000のプライズを当てたいがため。でも、やっぱりダメなのでした。
そして、今度はダウンタウンからスムーズに空港に行けるように、バスのチケットを買いにグレイハウンドのステーションまでいきました。AとNくんとTくんが降りて買いにいったので私はお留守番。そして私は大変なことに気付いたのでした。それは、着ていたジャケットをタコベルに忘れてきたということ。
でも、ちょっとは心配したけどまあ、今から行けばあるだろう、と思って気楽に構えることにしました。そのジャケットはK君という人からいきなりもらったもので(私が奪った、ともいえる)、割と大事にしていたのですが、忘れるなんてショックだったのです。案の定、そのあとタコベルにいったら、かわいいメキシカンぽい女の子が、「預かってるわよーん」という感じで渡してくれました。良かった良かった。
そのあとはまたまたダウンタウンに戻って、ユースホステルにまた行ってみましたが、あいにく空かなかったとのこと。安いダウンタウンのホテルを紹介してくれたので、そこに2人はチェックインしました。ほっとしたので、それからはシアトル名物、「アンダーグラウンドツアー」に参加することにしました。ここは説明が大変なので、Seattle Compassという情報誌から以下抜粋。
シアトルのダウンタウンは1889年の大火を契機に生まれ変わりました。以前は道路が低すぎるため、雨が降るといつも町中水浸し。1日2回の満潮時になると海に流した汚水が逆流するという下水の問題もありました。小さな火事を大火に導いたのも、水圧が低いため消火栓がまるで役に立たなかったからです。
そこで大火後、すべての道路がそれまでの位置から3メートル程上げられることになりました。ところが、その時すでに道路の両側に石造りのビルが次々と建ち並んでおり、隣のビルへ行くのに、まず2階まで階段を登り、通りを渡り、それからまた1階まで階段を降りるという実に面倒なことになりました。道路の両側から下の歩道へ転落する人や馬も後を絶ちません。そこで、路面とビルの間にふたをすることになったのです。その結果、人々はビルの2階から出入りするようになり、1階は次第に地下の世界「アンダーグラウンド」と化していったのです。
長い間忘れ去られていたアンダーグラウンドの存在をビルスパイデルが発見したのは4分の3世紀余りを過ぎたころでした。1965年、ビルは多くの人々の熱烈な要望に応え、「アンダーグラウンドツアー」をスタートしました。シアトルの生の歴史に触れるこのツアーはその後もどんどん有名になり、今ではシアトルの大きな見どころのひとつとなっています。
パイオニアスクエアの中のドックメイナードレストラン(1st. Ave沿い)でチケットが買えるので、そこに並ぶと、5時以降のツアーしか残ってないとのこと。それで5時のツアーの予約をしました。大人は$6.5ですが、私とAはWSUの学生証をもっているし、N君は国際学生証をつくってきていたし、Tくんはなんと去年の夏に1ヵ月交換留学に行ったというスタンフォード(!)の学生証を持っていたので、それぞれ$5という学生料金になりました。うーん、使える国際学生証。
5時までのぶらぶらして時間をつぶした後のツアーそのものは楽しかったけど、なんだか疲れました。1時間半、地下の死んだ町を歩き回るんだもん。感想としては、「大きなみどころ」というのは、ちょっと褒めすぎ、という感じ。あんまり期待せずにみると楽しめるかもしれません。その後は、みんなでご飯を食べて別れました。2人は26日に帰国予定とのこと。無事に帰れるといいけど。私とAはそれからプルマンへ。今回私はなかなか頑張って起きていましたが、やっぱり最後の1時間くらいは……………..。ごめん、A。
結局プルマンに着いたのは夜中の1時前でした。荷物を片付けるのもだるく、すぐにベッドにもぐりこんで眠りました。Nくん、Tくん、お陰で楽しいシアトル旅行でした。また、機会があったら遊ぼうね!

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